*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/10/7)投稿記事の修正転載です
「はなとゆめ 冲方 丁」で日本人のオタク気質を再確認(2022/10/7)
ストーリーが春はあけぼのでテーマが栄華、キャラクターは大御所エッセイスト。家に帰るまでが遠足であるように、滅びて懐かしむまでが栄華。
今も昔も変わらない
後輩と道を歩いてたらシャアザクカラーの車が走ってた。バンダイに塗装頼んだのかよ、ってほど見事なシャアピンクとシャアレッドのツートンカラー。思わず言ったね。「あの車、三倍速いのかな?」、これと同じようなことは誰でも経験あると思う。
好きなアニメだったり、ドラマだったり、映画、音楽、スポーツなんでもいい。自分の興味があること相手も興味がありそうな共通の話題からエピソードを引っ張ってきて、現状に当てはめたひとことにする。世間一般におこなわれてることじゃね?
ちなみにこのときは世代の違いからシャアが通じなかった。アニメ好きだと思ってたから振ったのだがまさかシャアを知らないとは。隔世の感だったね。僕はスベったけど、スベらずに上手く機転を利かせるのが昔の風雅ってやつじゃね?
昔なんて娯楽があんまりない。そもそも記憶媒体が極端に乏しいから共通にできる話題なんて、大昔の漢詩やら和歌しかなさそうだ。そこで現代人がアニメやドラマから話を持ってくるように、漢詩や和歌と絡めて会話を楽しんでいたんだと思う。
歴史と権威があるからなんか凄そうに尊重されるけど、やってることはガンダムオタクの会話と根っこ的に一緒だよね。もちろん僕は彼らをバカにしてるわけではないですよ。日本人は昔も今もそうやって共感を使って会話を楽しんでいる、と。そこに面白さを感じています。
さらにいえば日本だけでなく、世界各国で昔からそうなのだろう。むしろ超面白そうでうらやましい。自分に興味ある話題でおしゃべりしてそれで生活できるって最高。好きな物語の登場人物で誰推しかの対立話とか学生かよってくらい気楽で楽しそう。
定子は理想の上司
脚色入ってるんだろうけど中宮定子マジかっけー。あれで二十歳前とか奇跡。五十、六十のろくでもないオッサン管理職に爪の垢を煎じて飲ませたい。部下の特質を見抜いてその方向に花開くよう導く。これはもうライトノベルのチートスキルだ。
まあ実際に世の中にはいるのかもだけどとんでもない能力だ。むしろあれだ。よくいるオッサンは相手の特性を無視して自分の都合の良い方向に導こうとする。で、誰も得しない結果に終わる。
たとえば上にも書いた登場人物誰推し対決。これを実際やったらどうなるか?
上司「オレの好きなコイツが一番」
部下「えっと、オレは……」
上司「お前もそう思うよな」
部下「……そうっす。その通りっす」
もちろんここで異論を唱えれば嫌われて排除される。これが普通だ。かくしてワンマン上司の周りにはイエスマンばかり集まり強固な帝国が築かれる。っていうか、むしろ中宮と女房の関係なんて、イメージ的にこっちがありそうだよね。絶対権力者な中宮とスネ夫型女房。
そう考えれば中宮定子は特別でやっぱりすごい人なわけだ。じゃあその根源は何かっていうとやっぱり他人への尊重じゃね? 異なる考え方を排除するのではなく、耳を傾け切磋琢磨する。それが重要なんだと思う。
思えば人間の歴史はこれかもしれない。短期的に見れば排除のほうがラクだ。ても長期的に見れば尊重のほうが力をつけられる。それに気付いてシフトしてきたのが歴史な気がしないでもない。
絶対君主とか貴族を特別視し、平民を排除してきた仕組みは長期的な争いに負けた。多くの才能を尊重する民主主義が力をたくわえて勝利した。同じことが性別とか人種とかでも起こってきているわけだ。やっぱり尊重って大事だなぁ。
オタクもまた他人を尊重する、気がする。今となっては市民権を得たが、もともと彼らは隠れキリシタン的な超マイナー陰キャだ。誰推しかで争うことはあっても、虐げられるものの常として結束は固そう。
そもそもオタクという呼びかけの中に他人の意見に耳を傾ける尊重が感じられる、ような気がしないでもない。今も昔も、同好の士は貴重なわけだ。
ということで僕の頭の中では、政治のドロドロを背景としながら自分たちの好きなおしゃべりで盛り上がる楽しい学生生活みたいな場面が浮かんだ。面白くて考えさせる良本でした。
↓僕もAIの言うことに耳を傾けたい。

↓一人旅行も面白いですよ。ムズイけど。

↓好きな相手の言うことなら尊重は余裕。これが強味なのかね?



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