*「晴耕雨読その他いろいろ」(2017/11/30)投稿記事の修正転載です
「島はぼくらと 辻村 深月」を読んで島って良いなぁ、って思った(2017/11/30)
ストーリーが正統派青春離島モノでテーマが島国根性村社会、だろうか。正直オッサンには少々キツイ程の正統派青春モノであり、登場人物が良い人ばかりのキレイな話。良い人ばかりじゃないんだよ、的なエピソードも結局良い話だったりする。
単純に良いなぁ、と思うか、ちょっと出来過ぎでは、と思うか、かなり評価が分かれるところだと思う。でもやっぱり島って良いよね。実際住んでみたら色々大変だろうがそれでもちょっと憧れてしまう。
そもそも僕は坂に弱い。実家の周りが平坦だったので起伏に富んだ地域が魅力的に見える。ゴチャゴチャした所も好きだ。限られたスペースを機能的に使う工夫が面白い。さらにそういう場所は作って壊して、を繰り返していたりして何とも言えない味がある事が多い。
小さな離島だなんて坂があるだろうしゴチャゴチャしてそうだから最高だ。昔仙台に住んでいたころ塩釜の離島に行ったことがあるがあんなところに住めたら楽しいだろう。と、思うのは観光客の気楽さであり実際に住んだら大変な事もありそう。
パッと思いつくところでは買い物、医者、色々なサービスが島になくて面倒とか。人間関係も大変そうだ。でもってその辺りが若い人がたくさん来て過疎ストップと過疎化が止まらない地域との差に大きな影響を与えているのでは。
農村が住みにくいのは地域のつながりを大切にしよそ者を排除するから、と何かで見た。今もだろうが特に昔は皆で力を合わせ作業をする必要がたくさんあった。結束が強くなることとよそ者排除はイコールではないがそれでも強い相関がありそうだ。
簡単によそ者を仲間に入れて和を乱されては困る。ある程度敷居の高さは必要だろう。だとすれば漁師とか炭鉱夫とか協力プレイ必須でしかも死が隣り合わせの職業はもっと結束が強くなる。働き手が無くなった際の後見とかそういう保険的意味も出てきそうだ。
でもそれらは皆で助け合うことが必須の世界での話だ。いくらそういう土地柄と言っても引っ越してきた全然関係ない人にまで敷居の高さを示すのは一体何のためだろう?と思ってしまう。確かに何でもそろう便利な都会と違って田舎ではある程度の助け合いは必須だ。
急病の時や災害の時など特に。今は元気だから助けてもらう必要なし、と言っても年を取ったら違う。でも若い頃は年を取った時の事なんか全然考えないもんだし、そもそも若い人は年を取ったら都会に戻るのかもしれない。そういう人に敷居を高くしても居心地悪くて出て行ってしまうだけ。
もちろん過疎うんぬんはその土地の便利さにもよる。でも若い人がやってくるかどうか、若い人が出て行かないかどうかは村社会の敷居の高さにもよるのでは。
この本の島には若い人がたくさんくる。色々あるけどこの島がある程度開放的ってのがあるのだろう。でもって若い人が居付いて、子供たちも島の事が好きなのはやっぱり色々な努力の成果だと思う。色々考えるところがあるが話的には離島に住んでみたくなる爽やか青春物語。
↓主人公が格好良すぎなんじゃね?

↓本人取っては悲劇だけど、他人から見れば喜劇。残酷だなぁ。

↓僕だって昔は……、なんていう錯覚で共感できます。


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