*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/9/30)投稿記事の修正転載です
「繋渡り もちぎ」でなぜゲイが苦手かが気になった(2022/9/30)
ストーリーが毒親連鎖物語でテーマが教育。環境って大事だよね。
ゲイが苦手
オカマは気になる。でもゲイは苦手。なんでだろうか。いや、現実には両方とも会ったことないんだけどね。オカマの魅力は絶対になれないものに憧れてるところ。それってすごく人間っぽくて良い。侍になりたかった新撰組や隠れキリシタンなんかに通じると勝手に思ってる。
じゃあゲイだって同じじゃん、と思うでしょ。なんだけど違うんだ。不思議に思ったんで考えた。まず調べましたよ。でもなんか定義が難しくてけっこう曖昧なものらしい。ただしオカマに差別的な雰囲気があることはわかった。以後気をつけよう。と言いつつもやっぱりオカマが気になるんだけどね。
どうもゲイには楽観的なイメージがある。漠然とそう思っていたのだが語源的にそうらしい。僕の頭の中は、ひっそり身を隠すオカマと開き直って開放的なゲイ、という対称性がある。もちろんそんな単純な話ではないだろう。開放的で陽気なオカマもいる、っていうか逆にそういうイメージ?
いやいや、表面的にはそうだけど内面はどこか後ろめたい、みたいなそんな印象があるのだよ。このさい呼び方は置いておくとしてなんとなくの後ろめたさ、ひとことで言うと影みたいなのがオカマにあってゲイにない魅力らしい。もちろん個人的意見ですよ。
影がなくなりつつある?
どうもいろいろなものから影がなくなっていってる気がする。さすがにあんまり知らないのだが昔の映画俳優には影があったっぽい。自分の仕事をまっとうな堅気だと思っていない、っていうか。お笑い芸人もそうだ。タモリ、たけし、さんまあたりは後ろめたさがあった気がする。
お笑いが人気者になるにつれそういう雰囲気はなくなった。っていうかテレビ全般がそう? もちろんアレだ。ちゃんとした仕事なんだから後ろめたく感じる必要はない。ないんだけど、それが魅力につながってた部分はやっぱりあると思う。
ピエロが涙を流している理由とどことなく近い気がする。スイカに振りかけた塩みたいに元々の魅力に深みを与えてるんじゃね?
自分自身がなるとするとゲイのほうが良い。後ろめたさをあまり感じず、パートナーを見つけて幸せな時間を過ごしたい。迷惑かけてないんだから、放っておいてよ、みたいな。でも人間的に言ったらオカマのほうが魅力的。陽気に過ごしながらも世間に背を向けてそのことを申し訳なく思う、的な。
ここまで考えると、全然別の作家でアレだが吉田修一が気になってくる。あれはゲイ、それともオカマ? 開き直って毎日を楽しんでるからゲイ。でもやっぱり表に出ないところがオカマ。両方の良いところ取りな気がする。あ、最後の息子のイメージですよ。
ということで、やっぱり影って大事なぁ、って思った。だいたい自分が絶対正しいと思ってる人間なんて面白みがない。それは挫折の布石でしかない。
結局この小説に出てくるのはどっちか? 両方出てくると思う。それもまた時代の移り変わりなのか、って思うとそんな気もする。面白くて考えさせられる本でした。
↓みんな大好き、嫌だったのに好きになってく系のお話。

↓定子△。

↓調べれば調べるほど今さら感が否めない。


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