*「晴耕雨読その他いろいろ」(2020/7/3)投稿記事の修正転載です
「四とそれ以上の国 いしい しんじ」がSFっぽく感じる(2020/7/3)
ストーリーが不思議四国アレコレで、テーマが四国。ちょっと前に同じ作者の本を読んで、気になったので別の本を中古で購入。たまたま組み合わせがそうだったのかもだが全然雰囲気変わっていたので驚いた。
その変化が気に入るか気に入らないか、それは人それぞれだろう。でもなんか間口は狭くなった気がする。読む人を選ぶ、って感じ。じゃあその代わりに手に入れたのは? となると多分以前より文学成分が濃いような。……とっつきにくさと文学っぽさはある側面では同義なのだろうか。
特に最初の方の話がSFっぽく感じた。わけのわからないパラレルワールドで力強く生きる人々、ってイメージがそう思わせたっぽい。その点でSFは動物系教育番組に似ている。こんな過酷な環境にあっても動植物は工夫して頑張ってますよ! 的な。
でも考えてみたらそれって紀行モノも同じな気がしてきた。世界には様々な土地があって独特な気候、歴史、風土を持っている。そこに暮らす人々、発達した産業、受け継がれたお祭りなどなどはやっぱり独特なものになる。
それこそ他の土地の人からすれば「え! なんで?」なんてのもある。でも詳しく理由を聞けばなるほど納得だったりする。さらに言えば「なんじゃそりゃ」な理由も歴史が重みを加えていく。
開発業者が何となく決めた「なんちゃらニュータウン」なんて名称もそこに長年人が住み、子供が大きくなって住人が入れ替わって、とイベントが繰り返されればいい感じに深く馴染んでくる。
ということでSFの楽しみと、動物番組の楽しみと、紀行モノの楽しみは繋がるものがあるのでは。ようは対象の違いであって、楽しいと思うメカニズムが似ているのでは。じゃあそのメカニズムって何よ? と当然気になる。
不勉強でまだよくわからないがそれってやっぱり共感じゃね? 全然違う異世界に生きる人間、生き延びるために適応した動物、独特の風土に暮らす人間。その行動やら考え方、気持ちに対し共感して、上手くいけば喜び、失敗すれば残念に思う。
そこには特に気しなくてもやっぱり自分との比較があって、それを面白く思うのでは。そんなことを考えながら読み進めたら全然SFっぽくなかった。ということでいつものように本の内容と関係なし。今日も自己満足でした。
↓AI小説始めました。

↓居心地の悪さも魅力になるという不条理。

↓こういう展開に憧れます。リアルで。



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