*「晴耕雨読その他いろいろ」(2020/5/15)投稿記事の修正転載です
「ヴィヨンの妻 太宰 治」は相変わらずのダメ人間(2020/5/15)
ストーリーがダメ人間あれこれでテーマがダメ人間。いや、そればっかじゃないんだよ。トカトントンとか母とか超イイと思う。
でもこの本を読んだらやっぱりダメ人間について考えたくなる。自分はダメ人間、と思う人は太宰治を読むべきだ。自分なんてまだまだヒヨッコ。そう確信できるだろう。期待を裏切らない見事なダメ人間さ。そこが素晴らしい。
小説だからこんなこと言えるのだ。もし配偶者が、子供が、親類がこうだったらハラワタ煮えくり返るだろう。で、そうやって他人事ながらあきれた後ふと考える。じゃあ自分はどうか。大して変わらないじゃないか、と。幸いにして僕はここまで問題を抱えていない。
ついついネットを見続けてしまうとか、朝二度寝の誘惑に負けてしまうとか、そんな程度だ。飲む打つ買うに溺れるってのもなさそう。良かった良かった。っていうかむしろ僕は健全な方だと思う。努力して向上するとか、便利になるようちょっと工夫するとか、そういうのが大好きだ。
農耕民族的な方だと思う。だから僕は思う。ダメ人間って自業自得でしょ、努力できないって甘えじゃね? 正確に言うと思ってた、か。妻を見ていて感じたのだが、どうやら努力に必要なエネルギーは人それぞれっぽい。
さらにADHDの長男を見て確信に変わったね。勉強でも運動でも、取り掛かりはおっくうだけど日課にしてしまえば、慣れてしまえばそれほど面倒でもなくなる。だからまずはやってみればいいよ! なんて考えていた。
でも人によっては「まずは」の取り掛かりにとんでもなくエネルギーが必要だったりする。日課にして下がった必要エネルギーもやっぱり高いハードルだったりする。ADHDはそれが医学的に実証されている。
でもそれって個人差があってADHDじゃない人でもハードルに高い低いがあるんじゃね?って思ってる。僕は妻をグータラ人間だと思っているが例えば僕が妻になって妻を操ったら、努力のハードル高さにびっくりするかも。部屋をちょこっと片付けるのにもこんなにエネルギー使うのか! って。
反対に僕を操った妻はキビキビ動く。こんなにハードル低いなら簡単じゃん、って。例えば僕は空が青いと思う。他の人も空は青いと言う。でも同じ色かどうかはわからない。それと同じように努力もまた同じ尺度で話をしているつもりで全然違う尺度なのかもしれない。
誰でも多かれ少なかれ苦をさけて楽を取りたい。その誘惑に打ち勝つためのエネルギーはやっぱり人それぞれなのだと思う。でもやっぱり時々負けるのだ。
だからこそ誘惑に負けっぱなしでそれを開き直ってしまうほどのダメ人間っぷりに僕は共感する。ここまでじゃあないよ、と安心しつつ根本的に同じだと強く思う。それにしても面白かった。けど真似したくない、恐ろしい話。
↓和風貴族はダラケタイメージ。

↓そういえば最近海外で人気らしいね。

↓許容範囲は人それぞれ。ダメっぷりの許容も人それぞれ?


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