『文学なんかこわくない 高橋 源一郎』で比喩って重要だなと思った

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*「晴耕雨読その他いろいろ」(2019/1/18)投稿記事の修正転載です

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「文学なんかこわくない 高橋 源一郎」で比喩って重要だなぁとつくづく思った(2019/1/18)

テーマは文学、だろうか。図書館のリサイクル図書で格安購入。文学に関して不勉強なのでこれ幸いと手に取ったが、この本には答えが書かれていない。まだ答えに満足していない、ちょっと待っててください、とある。20年以上前の本なのだが今現在はどうなのだろうか。

果たして書評なのかエッセイなのか。本を読んで中身に触れる、というよりは中身をネタにして色々考えるって内容に思える。まあ面白ければどっちでも良いのだ。そのスタイルも親しみやすいが僕が印象に残ったのは比喩。

ある本を読んで、参考書みたいだ、と述べる場面がある。僕はその本を読んだことがないがなるほど分かりやすい。僕は文学なんて分からないがそれでも上記の比喩には文学っぽさがあったんじゃね? と思う。

言語を用いて人間を表す学問、それが文学だと思っている。しかし人間は複雑なので一言では言い表せない。そこで描写や比喩が必要になる。描写は言葉で表せない状況を何とか言葉で表そうとする、あるいは一言で表すよりもっと共感できる表現をする。そんなところだと思っている。

言語を用いて人間を表そうとする文学と、一言では表せない状況を言葉を尽くして表そうとする描写と、サイズ感こそ違えど二つは似ている。相似みたいな関係にあるのでは。だから文学と描写は相性がいいんじゃね?

さらに言えば言葉で表せないのに言葉で表そうとする辺り、文学も描写もなんだか人間臭い。だから無理だって言ってるでしょ! でもその努力が実を結んだりする。

比喩の方は圧縮されたイメージを通じ、より効率良く描写をおこなえる、あるいは当てはまるものがない状況も表せるのでは。臨死体験をした人の中には川や花畑があった、という感想を述べる人が多いとか。

この世とあの世の間には何らかの境界があって、でも我々はその境界の何たるかを知らないのでうまく表せない、我々の知識の中で近いイメージが川とか花畑なのでは? という話を聞いたことがある。人間やら人生を表そうとした場合似たようなことが起こるんじゃないかと思っている。

これこれこういうものである、とたくさんの言葉を用いて冗長に表すよりも、共通の認識のもと意味の圧縮された代名詞を用いてまるでなんちゃらのようと表した方が効率が良くより共感が得られそうだ。あるいはそもそも言葉で表せない場合、三途の川のように似たイメージで伝えるしかないわけだ。

少なくとも僕はそんな調子で考えていますよ。この本を読んでいてなるほど納得もあれば、うーんそうかなぁ、もありました。描写も比喩も共感が得られれば大成功。外れれば目も当てられない。その打率がとんでもなく高いのがプロなのだろう、なんて思いました。

答えは書かれていなかったけど考えることが重要、多分。非常に面白い本でした。

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