『銃 中村 文則』で社会適正が気になった|ぶん殴られたような結末

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*「晴耕雨読その他いろいろ」(2020/7/24)投稿記事の修正転載です

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「銃 中村 文則」で社会適正が気になった(2020/7/24)

ストーリーが大学生転落人生物語でテーマが社会適正。ラストがすごかった。このままありきたりに終わるのか、それともつまらなく前向きに終わるのか。なんて思ってたらぶん殴られたような結末だった。

主人公が銃を拾わなかったら、きっと平凡な人生を送っただろう。遊んでる大学生感は吉田修一の小説に出てきそうな感じで、違和感を抱きつつもきっとあんな風に恋愛して世の中になじんでいったと思う。多かれ少なかれ誰でもそうじゃね?

なんだけど主人公は銃を拾ってしまった。せっかく臭いものに蓋をしてたのに、ルールを決めて折り合いをつけていたのに、そんなのぶっ壊せちゃうものを拾った。そこからは加速度的に転落ですよ。

世の中は不公平がデフォルト設定だがそれにしたって好き嫌いにまでそれが及ぶとキツイ。「他人の笑顔を見るのが好き」とか「頑張って向上するのが好き」とか社会適正がやたら高い人がいる。社会的志向と個人的嗜好がマッチしている。これって最高じゃね? 孔子だって七十で達したレベルだ。

一方で受け入れられにくい人もいる。例えば同性愛者。昔よりはマシだろうがまだまだ白い目で見られるし、世が世なら殺されてしまう。でも好き嫌いってどうしようもないよね。

もっとどうしようもないのは、意地悪が好き、窃盗が好き、放火が好き、人を殺すのが好き、などなど明らかに犯罪にあたる行為を好きな人だ。これらは誰でも少しは持っているだろう。他人より優位に立ちたい、上手いこと出し抜きたい、火遊びは楽しい、シューティングゲームはスカッとする。

子供なんて放っておけば嘘をつくし、ズルするし、残酷だったりする。でもこれらを本格的に持っていると犯罪者まっしぐらだ。もうこれはフタをして、厳重に封印するしかない。

ごく稀に折り合いをつけられたりする。例えば戦時中とかそういった趣味が社会の目指すところと一致する場合がある。でも戦争終わったら悲惨だよね。昨日までの英雄が一気に社会不適合者だ。じゃあどうすればいいのか? ってのが気になる。

本来は臭いものには蓋なんかせず、とっとと捨ててしまうべきだ。でも人間の根幹にかかわる部分だから捨てるわけにもいかない。もういっそのことオープンで行く? なんて気もする。もちろんずっと開けっ放しだと臭いし蠅もたかりそうなので基本は蓋。

でも少なくともその存在は忘れないで、できればたまに開けてみてその臭さが自分の中にあるってことをきちんと認識するべきでは。もう克服したから、なんて思ってると忘れたころにひどい目にあいそう。

その上で対策は芳香剤だと思う。臭いものが壺の中から出てきて自分を支配してしまわないよう、たっぷり芳香剤を準備する。家族や友人、恋人と過ごすときの暖かく甘い匂いがそれにあたるのでは。自分大好き! でもOK。

ともかく消臭可能だなどと思わないことだ。見えない敵ほど恐ろしい。都市ガスだってわざと臭い付けてるし。今日も内容と関係ないこと考えて大変自己満足でした。それにしても作者は僕と同い年。はて、2002年って僕何してたっけ? なんて考えてしまう本でした。

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