*「晴耕雨読その他いろいろ」(2018/2/23)投稿記事の修正転載です
「震える牛 相場 英雄」を読んでエゴって難しいよねって思った(2018/2/23)
ストーリーは正統派刑事もの+社会派。テーマはエゴ。刑事もの要素としては地味な執念系であり一歩一歩真実に近づく緊張感が味わえる。独特の略語なんかもリアルっぽくて雰囲気出てる。社会派要素は大企業の体制、畜産業、地方などなど色々テンコ盛り。それらの共通項がエゴかと。
刑事もの要素も社会派要素も単体でいけるほどのガッツリ具合。ファミリーレストランでいう所のハンバーグ+エビフライセットではなくハンバーグとエビフライを単品で頼んで一つの皿に載せたボリューム感がある。もちろんサラダバー、スープバー付きでライスも食べ放題。
ということでエゴって何だろうね、と考えてしまった。自分が良けりゃいい、利己主義、っていうイメージだが人間のエゴだなんて言葉もある。そこまで行くと大抵何でもエゴになる。例えば大企業が悪い事をしてバレないように隠す。これはエゴだ。
警察官が被害者の無念を晴らすため執念で犯人を追い詰める。これはエゴじゃない。‥本当だろうか? 大企業だって、お金のためー、経営陣の保身のためー、は論外だが悪い事がバレたら沢山の人が路頭に迷い不幸になる、それを避けたい、だったら?
両者の違いは法律でしかない。大切だが所詮人間の決め事だ。今から考えれば色々とおかしな法律が昔はあった。奴隷だとか身分だとか宗教だとか。もちろん今もあるし。逃げ出した奴隷を追う、身分違いの行為を裁く、異端者を殺す、これらは法律の上で正義だったりした。
そりゃ昔は十分に法律が整備されてなかったしー、と言うのは簡単だ。じゃあ今が整備されてるか?というとそうとは言い切れないだろう。技術が進歩した結果色々分かって禁止されること、奨励されることはたくさんある。
ひょっとしたら将来的には取ろうとしている行動が社会に与える影響を正確に見積もれるようになるかも。悪い影響が大きい場合それを防ぐため人を殺してもOK、とかそんな法律ができるかもしれない。実際これらは国の高いレベルでは今も行われているのでは。超法規的措置、ってやつだ。
これからの正義の話~、ってのが昔あったがそれにも通じる。なんだけどまあ我々庶民にとって重要なのは決められたルールをキチンと守る事だろう。ルールを守ってさえいれば少なくとも人間のエゴ、レベルになる。
でもそのルールの基となった基準は変わる場合もある、ってのを認識しておく必要がありそうだ。基準が変わる可能性を考えた謙虚さがないとエゴに繋がるのでは。社会の基準はそうそうコロコロと変わらないだろうが学術的には結構ひっくり返る。なのでより謙虚でないと失敗する。
完全に制御できた!と思ってたら想定外の事例が発生してとんでもない事になったりする。この本には色々なエゴが出てくる。法律に沿ったエゴじゃないものとか、法律に反してないけどエゴだろとかグレーゾーンとかも色々。なので考えてくとわからなくなりそれが面白かった。
もちろん普通に読んでも楽しめますよ。ボリュームたっぷりでガッツリ派におススメ。
↓記憶と記憶の関係が気になるのですよ。記憶力がアレなもんで。

↓電源を切らせないようにするのはAIのエゴ?

↓肩の力を抜けばわりと色々解決しそう。



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