*「晴耕雨読その他いろいろ」(2017/9/6)投稿記事の修正転載です
「中野トリップスター 新野 剛志」でアウトローとオカマって相性良いよねって思った(2017/9/6)
ストーリーが典型的ヤクザ物でテーマが情。主人公がストイック、とくればちょっと抜けてて憎めない弟分はお約束で、絶対裏がある謎の美人とか、事情を知ってる被害者とか、事情を知らない被害者とか王道とも言えるメンバー構成だ。
そして皆さんお待ちかね! オカマも出ますよ! 一応断っておくが僕はリアルではオカマに一切興味ない。しかし小説となると話は別。興味津々だ。
おそらく昔々見たマネキンという映画のせいだと思っている。強烈なインパクトのオカマがいたのだよ。1と2で主人公もヒロインも違うがオカマはレギュラーというVIP待遇。それ以来気になってしかたない。なぜオカマか? と言えば絶対に無理な望みを抱いているから。
報われない醜いアヒルの子みたいな? その辺りが大変人間っぽくって良い。隠れキリシタンも新選組も同じでそうじゃないからこそ強烈に憧れてそうであろうとする、っていう哀しさがある。そんなことって誰でも一つや二つあってそれが共感を呼ぶのだろう。
社会には社会のルールがある。でもそれって感じ方は人それぞれでしかも抜け道が沢山あったりする。なので社会的に罰することができないけど絶対ダメ、ってことがある。反社会的行為を認めるわけではない。
この話の主人公だってスリ集団だし犯罪者でしかない。でも多数の支持を集める反社会的行為があってそれが共感を得るのも事実だ。家族を殺された人が復讐するとか法で裁かれない悪人を懲らしめるとか昔から多くの共感を集めてきた。
道義的には正しいけど社会的に間違っている。これを実行したらアウトローになるのだが正しさを目指したけど正しくない、というオカマ状態に陥る。
ここでいう正しさ自体が矛盾した物であり決して叶わない望みなのだ。そういえば隠れキリシタンも信仰を守ろうとして信仰に背く行為をしたんだっけか。新選組も武士道を守るために3対1だったし。そう考えるとますます似ている。
ということで正しいと正しくないの中間に足を踏み入れたアウトロー物はオカマと相性が良い。明らかに正しくないってのは全然違います。あ、面白い本ですよ。今日も平常運転で小説自体には全く触れませんでした。
↓ひょっとしてアメリカ人って頭良いのでは? ってたまに思う。

↓この本の影響で吉田修一と井上荒野に挑戦中。

↓やっぱり共感が重要だよね。



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