*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/11/25)投稿記事の修正転載です
「小森谷くんが決めたこと 中村 航」で仁義が気になった(2022/11/25)
ストーリーが普通の人物語でテーマが仁義。キャラクターは普通の人。普通の人の話、ってことだけどこの人そうでもないよね。わりと波乱万丈。
仁義って何よ?
仁義礼智忠信孝悌だよね。だいたい『気をつかう』だと思ってる。仁は全般的に気をつかう。義はお世話になった人に気をつかう。礼は社会規範に気をつかう。智は……、ちょっと違う? 無理矢理言うと知恵に気をつかう。忠は主君、信も全般的だけど友達みたいな? 考は親、悌は兄弟。
ということで仁義、っていうと全般的にであって、さらにお世話になった人が追加される。焼肉をコースで頼んでさらにタン塩追加、みたいな感じ。全般的に気をつかうけど、特にお世話になった人が大事、ってのが仁義じゃね?
仁義は苦手ですよ
基本的に僕はドライな人間であって仁義は苦手な気がする。義理はかかしてないと思うけど言葉のイメージから連想する温かみがない。どうしてこうなったか? と考えると他人を尊重するあまりそうなってる部分がある気がする。不干渉主義ですよ。
人にはそれぞれのやり方がある、という発想が、結果として突き放した感じになるんじゃないかと思ってる。他人を尊重、っていうとよく言いすぎか。そこまでの自信がない、って言ったほうがしっくりくるかも。でもっておそらく、世の中の流れ的にそうなんだと思う。
まあ、それはやっぱり冷たい人間であって本当に他人を思いやるなら干渉するもんだよ、って言われるとそれもそうかもって思うけどね。この「それもそうかも」ってのがクセ者で正解はない。人それぞれだ。
なんだけど世の中たまに「これが正解」と断言する人間がいてある意味スゲーなー、って思う。学生の頃の先輩でそんな人がいた。自分が好きなもをすすめてくるのだが、それがわりとハードルが高い。具体的に言うと金銭面で高価。貧乏学生の僕は断っていたのだがグイグイ進めてくる。
誰にたいしてもそんな感じの人だった。あの情熱はどこからくるのか。無神経なだけ、って成分もあった気がするけどそれだけの人ではなかった。情熱的な人であり、これこそ仁義の形を変えた姿なのかも。
少なくとも仁義や思いやりはある程度干渉を伴いそうだ。積極的に干渉しないで見守ってるだけだとこれまたドライな気がする。僕なんかはあんまり干渉されたくないしだからこそ干渉するのも悪いなぁ、と思うのだが、やっぱりそれって冷たいと思われてもしょうがない。
とするとアレだ。しっかり見守ってて、何かあったらすぐ駆けつける。これこそが僕にもできる仁義? でも難しいよね。ちょっとつまづいただけで飛んでこられたりしたら恥ずかしいし。程度の見極めがハードル高そう。
どうもいつものように妄想が発散しない。これはたぶん本格的に苦手な分野なんじゃね? ということで、折に触れて考えてみます。内容的に言うと主人公は普通の人じゃなくね? わりと波乱万丈で、楽しく読めました。面白くて考えさせられる本ですよ。
↓干渉しなさ過ぎて引きこもってもアレだけど。

↓整理しようにも妄想が捗る分野とそうでもない分野があるっぽい。

↓哺乳類には仁義がある、……なんて発想も魚類差別か。





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