『日曜日の読書 阿刀田 高』で読書について考えた|テーマは読書

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*「晴耕雨読その他いろいろ」(2018/11/16)投稿記事の修正転載です

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「日曜日の読書 阿刀田 高」で読書について考えた

テーマは読書。久しぶりのエッセイ。企業でおこなった研修を本にまとめたものだそうだ。バブルの頃とは言え阿刀田高先生をお招きするとはさすが富士通。うらやましい。

今年度の文化功労者に選ばれた、というニュースをこの間テレビで見た。そういえば読んだことなかったなぁ、と思って借りてきましたよ。その昔ある雑誌にショートショートを送った。そこで褒めてていただけたので現在頑張って小説を応募してます。なので気になる方なのですよ。

読書とは何か。まあ人それぞれだろう。本がなきゃ生きていけない、っていう活字中毒者もいればテレビのほうが好き、本なんかなくてOK、って人もいる。本の優れている点は自由度の高さだろう。好きな時にパッと手軽に読み始められ、用事が出来たらササっとしまえる。

バッテリー不要で持ち運びも便利。何より良いのが気になる個所を読み返したり、途中で止まって考えたりが容易なところだと思う。自分のペースで進める。

ビデオでもできる。できるのだが感動したシーンでわざわざ停止スイッチを押して余韻を楽しんだり、反芻して考えたりする人間は多くはないだろう。基本的に制作者側の考える最良のテンポで進んでいくのがテレビとか映画とか。それが自分に合えば超ラッキーだが合わなきゃ楽しめない。

本にはその心配が少ない。漫画はどうだろうか? 情報量の違いだろうが個人的には想像の自由が残ってたほうが好きだったりする。視覚情報はインパクトが大きいのでどうも脳みそがそちらに引きずられるように感じてしまう。

でもまあ本だって読むのが面倒くさいとか情報量が少な過ぎとか言われれば二の句が継げない。どう考えても好みの問題でありそれぞれのメディアに優劣はない。後はコンテンツか。自分好みの面白い話がそのメディアで存在するか、ってことだろう。

個人的には何にも考えないで気分をリフレッシュしたい、とか図解でしっかり何かを学びたいならテレビなどのほうが良い。内容を咀嚼して考えたいなら本のほうが良い。そんなところだろうか。学ぶならテレビ、問うなら本、みたいな?

こんな調子で書かれている意見に対しああでもない、こうでもないと考えるのが本の楽しみかと。その他モチーフの話とか純文学とエンターテイメントとかいろいろ勉強になりました。

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