*「晴耕雨読その他いろいろ」(2017/3/29)投稿記事の修正転載です
「奥さまは毒舌―農家の長男と結婚したら…すごいよ! 青月 ぱそる」は小説にしたら面白いんじゃね?(2017/3/29)
実家はサラリーマン家庭だが僕は長男。なので嫁姑問題には興味がある。っていうか僕の常識は実家で作られたのだから知らず知らずのうちに発想が実家寄りになる。なので気を付けないといつの間にか妻と敵対する考えになるのでは、と危惧している。
まあ実は単純にドロドロした嫁姑問題とかご近所問題とか好きなだけなのだが。この本は嫁姑要素とご近所要素が両立してそうなので借りてきた。農家⇒近所付き合い、という単純な発想だがご近所要素はほぼなかった。嫁姑要素はあるのだが夫婦問題がインパクトありすぎて期待とは違った。
ブログ日記の書籍化らしくインターネットの読み物としては十分面白い。でも本で読むと野次馬的面白さ以外にも何かしら欲しくなってしまう。例えば考え方や行動が参考になるとか。なのでこの手の本の著者は参考になる美点があるものだ。その要素に乏しい。
著者が姑を嫌っている理由がよくわからない、ってのも微妙さを増している。大抵こういうのはちょっとした微妙な事の積み重ねなので日記の抜粋では伝わりにくいのだろう。
この話は小説だったら良かったのでは、と思ってしまう。小説の登場人物には美点がなくても良い。逆に、あー、そういうもんだよねー、っていう共感が得られたりする。
それにしてもやっぱり思うところはある。姑の当たり前、夫の当たり前、嫁の当たり前、その違いには考えさせられる。この本では嫁の考え方に夫の理解がある、ってのが救いだろう。
僕は、我が家はちゃんとした家だ、と思い育った。でも結婚して気が付いたのだが「ちゃんとした」って随分と曖昧だ。妻の実家と比べ何が「ちゃんとした」だったのかわからなくなった。妻の実家もちゃんとした家だったのでは? と思うのだが本人たちにその発想はない。
なのでどうして僕はというか我が家はそんな変な自信を持っていたのか今でもわからない。そういう生まれ育った環境の考え方や習慣は変えにくいしそもそも自覚しにくいのだろう。そうは言っても少なくとも自分の常識が世の中全ての常識ではない可能性がある、ってことは常に認識していたい。
↓いろんなタイプの人がいるもんだ。

↓僕がまだあれこれ手を出す前の話。

↓AIのお陰で下調べも超楽になった。でもたまに騙してくるよね。



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