*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/12/2)投稿記事の修正転載です
「ニセモノの妻 三崎 亜紀」で本物って何よって思った(2022/12/2)
ストーリーが不条理当たり前世界でテーマが真偽。キャラクターは翻弄される人。不条理な出来事が当たり前の世界を舞台にじゃあ本質って何よ? と問う話。
本物の証明
世の中わからないことだらけだ。何回か「どうして?」を繰り返すと答えられなくなる、って話を聞いたことがある。相手が怒りだすとかもあるかもだけど純粋に僕らが知っていることは少ない。それでも問題なく毎日過ごせている。
だからなんとなく、僕らは世界をだいたい理解していると錯覚しがちなんじゃね? 特に科学の発達は不思議を失くしてきた。昔は神様のお陰とか妖怪の仕業とかでしか説明がつかなかったことが、科学的に解明されるようなってきた。なんだけど本当?
オバケとか幽霊とかその手のオカルトは否定されつつあるけどどうなんだろう。そのうち別の次元の存在が科学的に証明されたり、これまで知られていなかった謎の因子、たとえば霊子が発見されたりするかも。
その世界では子供でも知ってる事実で「当たり前のことなのに昔の人はこんなことも知らなかったのか、アホだなぁ」とか思われたりするのかも。
そういえば昔のスキージャンプは手を羽ばたかせていたとか。そのほうが遠くまで行けると思われていたらしい。そのころの映像を見ると申し訳ないが笑える。
食材を洗剤で洗うとか、ロボトミー手術とか、障碍者の去勢とか今では信じられないことが当たり前だった時もある。それと同じことが今後起こるかも。
個人的に気になるのは枯れ葉掃除のブロアーだ。アレってしょうがないことだろうけどゴミを撒き散らかしてるように見える。今とは違う何か良い感じの空気の流れが見つかれば解決して、それが当たり前になるだろう。そうすると今の状況を未来の人が見たら大爆笑に違いない。
ブロアーは小さなことだけど、もっと大きなレベルのことで世の中がひっくり返る可能性は少なくないんじゃないかと思ってる。
もしもひっくり返ったら?
そんな『もしも』がこの本にはたくさん出てくる。僕らが知ってる常識が根底から覆された世界の話。そこで右往左往しながらなんとか解決に向かおうとする人が主人公だったりする。その世界ならではの常識、理由はよくわかっていないんだけど経験的にそうらしいことが出てくるのもそれっぽいよね。
なぜか知らないけどこうすると上手くいきやすい、だから先人に習う、的なのって今も昔も最先端では当たり前なのかも。中でも気になったのは真偽だ。もし今、僕の目の前に妻のニセモノがあらわれたらどうだろうか? 僕には区別がつくのだろうか? そもそも本物とは?
これは難しいよね。でもそのうち現実になるかも。亡くなった誰かの代わりにロボットを準備して……、みたいな。アトムがそうじゃなかったっけ? 考えてみれば今でもあるかも。大切な配偶者を亡くして再婚する人とかって似てるのかも。
そうすると真偽の基準はさらによくわからなくなってくるとなると、そもそも二値的な判断が混乱の原因なのかも。白黒つけた方が良いことと、どっちも正解でOKなことと。そこら辺の使い分けがポイントじゃね? なんてことを考えました。
ただしあれだ。社会制度的に配偶者は白黒つけなければならない。そうするとさらに別問題となりよけいにややこしい。
お話的にはもうちょっと読みたかった部分もある。テーマが重要視されるあまり駆け足なところがあって、面白い話だけに少し残念に思った。それにしたって不思議な設定は十分興味深くて考えさせられた。今日も良い本を読めて満足。
↓昔の常識は今の非常識だったりする。

↓カッコよさは変わるけどカッコイイものへの憧れは普遍。

↓常識にとらわれないようにしたいですなぁ。





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