戦略と戦術
戦略、戦術というとどうしても思い浮かぶのが『花神 司馬 遼太郎』だよね。30年くらい前に読んで、戦略って大事なんだなー、とか思った記憶がある。これは一般的な認識だと思うんだけど、この本では戦術を重要視しなさいと言っている。こりゃ気になるタイトルですな。

ご本人も策士でした
このあいだ息子の専門学校の説明会に行ってきて、そこでご本人からいただきました。少人数でプロ作家の話を聞けるっていうかなりのレア体験。教務の先生が学校の説明をして、加来先生が補足?するスタイルの保護者面談でした。

教務の先生が学校の説明をした後、普通なら保護者の質問が入る。しかしこのタイミングで加来先生が「そうは言っても大事なのはココ、その辺りどうなんですか?」とまぜっかえす。教務の先生はしどろもどろになりながらも答える。これは見事な戦術だと思う。
たとえば僕は就職率が気になっていた。「希望者の就職率23年連続100%」ってヤバくね? ぶっちゃけこれは何らかのカラクリがあると思っている。途中でやめる人、来なくなる人、就職を希望しない人、諦める人なんかがどれくらいいるかって話が気になる。
これを聞こうと思ってたら先に加来先生が口を開いた。「どこに就職するのかが重要」とのこと。なるほどそれもそうだ。それぞれ目標をもって入学したわけだから、目指す職に就ける確率は超大事なポイントだよね。
ということで教務の先生も一緒になって配られたリストを確認すると事務、総合職、販売、製造、総務、店舗スタッフ、ホールスタッフなどがチョコチョコ出てくる。まあそりゃそうだ。全員が作家デビューできたら世の中読む人がいなくなるし。
ちなみに我が家にとって上記の話は全く問題にならない。そりゃもちろん息子が希望する職種に潜り込めたらありがたいが、そこは本人のやる気次第。親的には就職さえしてくれればそれで御の字だ。むしろ途中で行かなくなる可能性の方を心配するべきかも……。
こんな感じで学校側に都合の良い話をフォローするだけでなく、加来先生は教育のプロ目線で大事なポイントを教えてくれる。これによって親としては信頼感が芽生える。もちろんリスト作成の時点で助言はしているだろうから、学校にとってもありがたい存在に違いない。
この本の中には信頼の大切さがたくさん出てくる。そのために理由を説明すべきという話も多い。戦国時代の信頼は上司部下、あるいは同盟国の間での話だろうけど、学校の先生と保護者だってある意味同じようなもんだ。子供が立派に成長するための仲間と言えないこともない。これを実践されている。
また、五分の勝ちなんて話にも繋がるものがある。全員が100%希望する職種に付けるわけないのは説明を聞けばわかる。特に作家なんて厳しい実力勝負の世界だしね。丁寧に実情を説明することで、勝ちに等しい状態に持って行けるわけだ。
特に完全な学校側のフォローに回らず、敢えて第三者的立場をとるって辺りは見事だと思う。主導権を握ることができるし、ただ学校に追従するだけだとテレビショッピングの司会みたいで信頼ゼロだしね。むしろこれは戦術というより戦略? こんな調子でご本人もかなりの策士でした。
違いが気になるお年頃
上記の通り、本に書かれた内容と保護者面談の様子を比べたりして楽しく読めた。なんだけど戦国時代に学ぶビジネス書というスタイルは目新しいものではなく、エピソードは聴いたことあるものが多い。この状態で差別化を図ろうとするとどうしてもアプローチに個性が欲しい。

たとえば『アタマがどんどん元気になる! ! もっと脳の強化書2 加藤 俊徳』は欲求を主役に据え、切り口を変えることで個性を出している。ていうか加藤先生の本はだいたいこのパターン。競合が多いジャンルこそ、アプローチを変えて面白くする工夫が必要っぽい。
じゃあこの本の個性は何かって言うとやっぱりタイトルの通り戦略と戦術なんだと思う。ところがこれが難しい。一番最初に定義が書いてあるのはありがたいんだけど、僕みたいな理系人間には同じに思える。両方とも「目標を達成するための手段」みたいな。
戦略の方が戦術よりも規模が大きそうってのはわかる。だとすると社長とか上層部が戦略を練って、現場のリーダーは戦術を重要視すべきってのもわかる。なんだけど前述の信頼、説明、五分の勝ちなどなどを含め、上に立つ者に求められる要素は社長もリーダーもあんまり変わんない。
この辺りを明確にしようとすると戦略と戦術の境界を知る必要がありそう。こう考えだすと困ったことに頭の固い理系人間は混乱する。ということで戦略と戦術の違いが気になってしょうがなく、ガッツリ読書に集中できたわけでないのですよ。
制御可能かどうかじゃね?
戦略と戦術の違いは何か? 以下本を読みながら勝手に考えた話が続きます。もちろん本には書いてない僕の妄想ですよ。
まずネットで調べてみてもよくわからない。前述の通り規模が違うくらいでやっぱり「目標を達成するための手段」であることは同じ。あとは時間軸的にも戦略は長期、戦術は短期な気がする。境界に関しては明示できないんだろうね。陸軍中野学校の教本とかには書いてあるのかもだけど。
さらに話をややこしくしているのは目標と手段がフラクタルになっている点だと思う。例えば僕は両手が使えるようになりたくて、左手でノートをとっている。目標が「両手を使う」で手段が「左手でノートをとる」って感じ。

何だけど「両手を使う」は「両脳覚醒」という目標を達成するための手段だったりする。さらに実用レベルで「左手でノートをとる」ことは「左手で字を書く練習をする」という手段を用いて達成した目標だったわけだ。こんな調子で手段が目標となり、目標は手段となることが多い。
規模が明示されない以上、戦略はより大局的な目線で見ると戦術となり、戦術はより局地的には戦略だった、なんてことになりそう。もはやわけがわからない。……なんだけど目標に関しては思うところがあるのですよ。

2025年の反省から、2026年の目標は結果ではなく行動とした。結果だと自分で制御できないけど、行動ならコントロールできる。この制御可能かどうかって軸を、戦略と戦術の区別に導入したらどうかね? 戦略は不確定要素が多いから制御できないけど、戦術は自分で制御可能みたいな。
| 戦略 | 戦術 | |
| 規模 | 大きい | 小さい |
| 時間 | 長期 | 短期 |
| 自分で制御 | できない | できる |
| 不確定要素 | 多い | 少ない |
まとめると上記の通り、結局曖昧な表にしかならないんだけどね。もちろん戦術と戦略は明確に分かれるわけではなく連続的であり、間に無数の状態が存在しそう。区別を明確にしたくて考え始めたのに、なんとも中途半端。なんだけど制御可能かどうか軸を導入したことで、戦術の重要性はわかると思う。
表のように仮定した状態で、戦略と戦術が戦ったらどっちが勝つか? そりゃ戦術だよね。だって自分で制御できるんだから、勝とうとさえ思えば勝てる。逆に言えば、戦略だなんて「略」状態ではなく、自分で制御可能な戦術レベルまで落とし込むことが重要なのかも。
この本の中には情報収集の重要性がたくさん出てくる。情報収集によって不確定要素が下がり、自分で制御可能になる。リスクヘッジも同様。不確定要素を不確定のまま放置するのではなく、場合分けによって確定要素と仮定して対処法を練るわけだ。これまた自分で制御可能とする方法じゃね?
こう考えると人によって戦略と戦術の境界は変わりそうだ。同じ問題であっても、情報収集とリスクヘッジをしっかりおこなった人にとっては戦術領域、「略」で放置した人間にとっては戦略領域なのかも。だったら戦術の方が優位だよね。
いっぽうでやっぱり戦略も重要だ。あまりにも不確定要素が多すぎて場合分けもままならない、「略」で置いておくしかない状況もある。そんな時でも、だいたいこっちかなー、くらいに方向性くらいは考えておきたい。超長期の話なんて誰もわかんないけど、無策ではいられないのですよ。
上記仮定の妥当性は置いておくとしても、不確定要素を減らして実際的な行動に移す、ってのは日常的にも心掛けたい。などと今日も勝手に色々妄想して満足。ご本人のお話を本の内容と比較して、あれこれ考えて楽しい読書体験でした。





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