*「晴耕雨読その他いろいろ」2016/9/15投稿記事の修正転載です
ボクの妻と結婚してください。 樋口 卓治(2016/9/15)
・面白いし色々と考えさせられる
・根本的な部分に共感できないので違和感が残る
・主人公もこの小説もテレビ的
感動的で面白い本だ。結果的に主人公はこれまでの人生を振り返るかのように色々な知り合いの話を聞き、自分が如何に愛されていたかを知る。で、自分も如何に妻を愛していたかを知る。
自分ではこんなことできないが余命数か月、となったらどうするか、重要な問題を考えるきっかけを与えてくれた。
感動的で良い本なのだが読み終わってしばらくすると違和感が出てきた。何だこの違和感は‥、と考えてみると根本的に共感できないことに気が付いた。そしてそれはおそらく一般論であり妥当な考えだ。
例え自分では共感できない、っていっても一般的にそうだろうなぁ、なら納得できる。あるいは妥当な、筋の通った考えなら良い。でもそうじゃない。
主人公は余命6か月と宣告され妻の再婚相手を探す。僕の常識で考えるとこの発想は一般的でない。そもそも一般的な内容では小説にならないが一般的でない事を妥当だと思わせるのが作者の腕の見せ所だ。
では妥当か、というとそうでもない。主人公は家庭をかえりみない、といい家事も子育ても妻に任せっきりである。
もし主人公の奥さんが肉体的あるいは精神的に頼りなく誰かに支えてもらわなければならない、主人公もずっとそうしてきた!って言うならわかる。主人公の代わりに奥さんを支える人間が必要であり子供が小学生なら新しい旦那、というのはあり得る。
もし主人公がよくよく考えたのならば自分がいなくなっても残された家族は大して困らないことに気が付いたのでは。それは現代の父親なら大抵そうである。住宅ローンは父親名義な事が多く免除され、保険金もかけているから金銭的にはそれほど困らない。
そうなると精神的な部分が大きい。妻や子供が困っている時どれだけ必要とされ、それに答えることができたのか、これが重要だ。主人公はこれを怠っていたし金銭的余裕はあるみたいなので問題なさそうだ。
もちろん自分の生活態度を見せることでゆるーく奥さんと子供の支えになっているのだが思い出で何とかなるレベルなのでは。
あればあったで楽しいがなくても特に困らない。主人公は正にテレビ的な人間、特にニュースとか教育番組ではなくバラエティ番組的な人間である。程度の差こそあれ現代の日本の父親は大抵そうなのではないか、と思ってしまう。
なので主人公が自分の代わりを探すことに違和感がある。逆にいえば自分の立ち場を認識しないで代わりを探すことは不可能である。そんな違和感のある目標のもと主人公は目標達成に向け努力をする。何となくこの辺りもテレビ的に思えてしまう。
時間をかけお金をかけ、その道の第一人者に指導してもらったりして山に登ったりダンスを踊ったりする。でも目標というか前提がずれている。テレビでよくありそうだ。
では僕ならどうするか。この話の場合奥さんの生きがいは子供であり子供は奥さんに支えられている。ならば奥さんは子供をよりしっかり支えられるように、子供も奥さんを支えられるようにする、ってのが良いかと。
もちろん難しい事であり、そんな事をパッとできるような父親ならもっと家庭で重要な立場になっていただろうが。そもそもそんなありきたりの内容じゃ小説にならないし。
ドラマなら違和感が和らいだろう。思い返しても印象的なシーンや俳優の演技が頭に浮かび違和感を持たないかもしれない。
この違和感に目をつぶる事ができれば面白いし感動的な大変良い本。ホント、違和感の正体に気が付く前は今まで読んだ中でもかなり良い本だ!と思った。 おおらかな人におススメ。
↓エッセイでもキャラクターが大事なのは変わらない。著者のキャラクターだけど。
↓彼女がわりとヤバくね?
↓ドラゴンボール並みに願いをかなえてくれるっぽい。
↓妻にストレッチとか筋トレを勧めてもガン無視されます。
↓だいたい作家の生活は面白そうだけどスケールがゴイスー。








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