*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/9/14)投稿記事の修正転載です
「エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする グレッグ マキューン」で折に触れて計画を見直したい(2022/9/14)
かなり早い段階でヤバヤバ感が漂った。実体が見えないのに話だけが進んでいく感覚。どこかで覚えがあると思ったら金持ち父さんで味わった展開だった。
エッセンシャル思考とは?
エッセンシャル思考のあるあるー、早く言いたいー、的な雰囲気。ネタなら最後に簡潔に示してくれるがそれもない。……僕だけ? 僕が読み落とした? かなり不安なんだけど。
最初に『エッセンシャル思考とはどのようなものか』とある。なんだけどここには『~のため』とか『エッセンシャル思考になるためには』とか『~が可能になる』とかが書かれていて、ズバリ何かが示されていない。
しばらく進むとやっとそれっぽい言葉が示される。『より少なく、しかしより良く』だ。しかしこれは著者の言葉ではない。たしかに『「より少なく、しかしより良く」を追及する生き方」こそがエッセンシャル思考だと書かれている。
だからこれでも良いんだけど著者自身の言葉で表されるのをついつい待ちたくなる。次にイメージが出てくる。このイメージはわかりやすい。わかりやすいんだけどやっぱり言葉が欲しい。キャッチコピー的な?
他はもうずっとこんなことがありました例と、エッセンシャル思考と非エッセンシャル思考の比較例がたくさん出てくる。
僕の勝手な結論を言うと著者自身の言葉にこだわらず『より少なく、しかしより良く』を念頭に置き、後でキャッチコピー的な名言が出てくることを期待しないで読むとかなりイイ感じ。
当たり前の話
これは当たり前の話だ。言われなくてもみんな知ってる。
知ってるけど忘れがちであり、忘れそうって思ってても忘れる類のことだ。それを思い出させてくれることにこの本の価値があると思う。全方位的に進もうとする図と一方向に進もうとする図とどっちが良い? って聞いたら誰でも後者を選ぶだろう。
この本に出てくる人たちはエネルギッシュなタイプが多い。だから全方位的に完璧を目指す。なんだけど僕ら凡人は違う。及第点を取れればいいや、余計な苦労はしなくていいや、って人のほうが世の中圧倒的だろう。放っておいても誰もがエッセンシャル思考を望む。
じゃあなぜできないかっていうと方向ごとに障害の大きさが違うからじゃね? だからこそ、この本に書かれている通り十分な下調べが必要になる。でも、やってみないとどれほど大変かわからないことってけっこうあるよねー。
たとえば僕の人生。小説家になりたいなー、と思っているけどここに全振りはできない。実現性がとても低いからだ。だから仕事をしながら余暇に小説を書き、あわよくばを狙う。
さらに言えばたとえ小説家になれたとしてもおそらく生活できない。小説だけで生計立てられ人なんてほんの一握り、って言うしね。消える人がほとんどだ。というわけで投資信託をやってみたり、不動産投資の勉強をしたり、FXに手を出したりするわけだ。
FXなんて勉強してデモトレードしてさらに実際のトレードやってから計画立ててるのにズレまくりだ。子供たちの将来問題がある。ここに時間を割かないわけにはいかない。僕自身の健康問題もある。この二つのほうがよっぽど重要。
この時点で僕のエネルギーはかなり発散している。でもアレだよね。投資の考え方からすると全振りは危険だよね。ということで現実的に一点集中はキツいから、自分の興味があるほうへ、効率の良さそうなほうへ、を意識して計画を立てるべきじゃね? でもって折に触れて見直す。
当初はわからなかった情報を知り計画をブラッシュアップできるかも。いろいろと文句を書いたけど、こうしてみると僕の勝手な思い込みからくる言いがかりっぽいな。編集しろ、とか、今何が重要かを考えろとか、とか見直し的なことも書いてあるし。
なによりこの本の良いところはたまにこうやって話題になってくれると世間が思い出すところだと思う。すっかり忘れていた大事大事を思い出させてくれる。おそらく同じようなことは昔から言われている。
紀元前にギリシャ人とか中国人が言ってそう。なんなら文字の成立よりも早いだろう。昔風に言えばこれは『モーレツからビューティフルへ』だ。古過ぎる? ……これ的なわかりやすい言葉を期待していたのだよ。
文句を言いたくなるってことはそれだけ主張がはっきりしていて考えを刺激する良い本。勉強になりました。
↓プロ目線を垣間見れちゃいます。

↓最近あの手の動物番組ってあんまりない?

↓ケチな僕がサブスクしちゃおうかどうか検討中。



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