『死神ブログ 窪依 凛』物事の描写がないと小説っぽくなくて不思議

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「晴耕雨読その他いろいろ」2016/3/15投稿記事の修正転載です

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死神ブログ 窪依凛

・色々残念
・筋書きを書いた台本みたい
なぜ物事の描写がないと小説っぽくないのか

題材は面白い。というか僕が最近ブログを書いているので興味があるタイトルだ。でも何だか色々と残念な話だ。最初は面白いと思った題材も変な方向に進んでいく。好きな人は好きなのかもしれないが基本的に人が死んでいくだけ。

ミステリーみたいに何か感心する仕掛けがあるわけでもなく、かといって印象に残るホラーなわけでもない。主人公のいじめられ方も変な言い方だがステレオタイプだ。全部どこかから借りてきた感じで見たことあるようなものばかり。

もう一つ、この小説の大きな特徴は全然物事の描写がない点だ。普通の小説だったら景色がキレイなら如何にキレイかを細かく、しかも日常生活では使わないような独特な言い回しで描写する。普通の言い方では表せない情景に共感したり感心したりするのが小説の面白さの一つではないか。

この話では淡々と、というか出来事をそのまま書いているだけなので全然小説っぽくない。ケータイ小説っぽい、という評価をみたがケータイ小説を読んだことがないのでわからない。景色がキレイなら「キレイな景色」と書くだけ。何だか台本みたいな感じだ。

でも考えてみたらなぜ物事の描写がないと小説っぽく感じないのか。おそらく僕がこれまで読んできた小説に物事の描写がつきものだったためそんな印象を受けるのだろう。

果たして小説に描写は必要不可欠か? ただ習慣的にそう感じるだけかもしれない。ハンバーガーにポテトはつきものかも知れないが別になくても良い、必要不可欠ではない、みたいな。

手を変え品を変え凝った言い方をするより、続きが気になる人にとってはただ「キレイな景色」とストレートに言われた方が良いかも。っていうか景色とかどうでも良いから続きを読みたい、という人だっているかも知れない。

筋書の楽しさ+描写の楽しさ、も良いが筋書だけだって面白ければ良い。逆に回りくどい描写がない分筋書を存分に楽しめ、スピード感が出て良い、ということだってあるだろう。

そう考えるとこの本の作者とか、引き合いに出される山田悠介とか、ひょっとしたらその辺りを深く考え、新境地を開こうと挑戦している凄い人なのかも。

多分そんなことはないだろうが、僕が愚か者で理解できないだけであり、数十年後に彼らは新しい分野を切り開いた先駆者として評価されている可能性だってある。多分そんなことないが。

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