『東京奇譚集 村上 春樹』で偶然について考えた|どう捉えるか?

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*「晴耕雨読その他いろいろ」2019/12/6投稿記事の修正転載です

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「東京奇譚集 村上 春樹」で偶然について考えた(2019/12/6)

ストーリーが怪奇譚色々でテーマが怪奇。怪奇話っていっても色々ある。そういうこともあるよね、ってのから超常現象まで。

この本のいくつかは前者そのもので、いくつかは前者に対し後者要素をプラスアルファしたもの。なのでメインは前者かと。まあ好みがあるだろうが僕は前者が好きだ。有り得る話メインで進めて最後にちょっと後者があるとなお良い。なのでゾーン的にはドストライク。

僕は時計を見ると8:15が多い。きっと気のせいだ。時計を見る時間はマチマチだけど8:15の記憶が際立っているに過ぎない。一度気になるともっと目に付く。そこに神の意志があるわけじゃない。起こりうる可能性の中から偶然起こった印象深い出来事を憶えてる。ありそうな話だ。

誰でも似たようなことがあるのでは。問題はそこから。これをどう捉えるか? はいはい、偶然偶然、で無視してもOK。ああ! これこそ神の意志! だって良い。まったくもって個人の自由だがせっかくなら面白い方に役立てたい。

その最たるものが人間だと思ってる。子育てをしているとたまに聞くのが「君たちは特別な存在、とんでもない低確率で生まれてきて存在自体が奇跡」なんて子供への言葉。両親が出会う確率と、受精の確立をかけたらそりゃあとんでもない低確率だ。

じゃあ我々は全世界の異性の中からたった一人の運命の相手を見つけるか? といったら全然そんなことはない。僕だって妻と結婚していなかったかも。それでもそこそこ楽しく過ごしてそう。

精子が一億くらいだっけか? その中で卵子に辿り着くのが結局たった一つ。でもその精子がダメだったら他のだって別に良かったのでは。そんな問題じゃなくて、確率が高いとか低いとかじゃなくて、今となっては僕は僕の子供たちでないと全然面白くない。

それこそ起こりえた可能性の中から偶然起こったことであり、そこに神の意志があるわけじゃない。でも僕はこうじゃなきゃ嫌だ。そこに意味を求めているのは僕自身だ。

ということで何か不思議な偶然が起こったら都合よく考えて楽しみたい。そんな風に考えていますよ。我ながら何が言いたいのかよくわからないが、まあつまりはそういうことなのだよ。

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