*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/4/8)投稿記事の修正転載です
「楽園のしっぽ 村山 由佳」が理想(2022/4/8)
小説家のエッセイを読んで、羨ましいなぁ、いいなぁ、こんな生活してみたいなぁ、って思うことは多い。でもこれは別格だ。まさに理想です。
マイクラ+牧場物語
鴨川に土地を買って動物たちと暮らしている、という話。DIYだよ? 農業だよ? やってることはマイクラと牧場物語の合わせ技。憧れじゃね? 動物は置いておくとしてもDIYと農業は羨ましい。しかも小説家。僕の欲しいものをこんなに持っている超絶ウラヤマ人間が存在するとは……。
自然の中で暮らしていていろいろと考えたことが出て来てとても興味深い。いいなぁ。羨ましいなぁ。やっぱり街で暮らしているのとはまた違った気づきがあるのだろう。飼い主が思っているよりもつれない馬の話とか、人間でもこういうことがありそうで面白い。
教育の話が気になった
さんざん羨ましいと書いておきながら気になったのはそこじゃなくて、教育の話だったりする。ゆとり教育についての作者の見解が連続で四話も述べられている。モンゴル旅行の話に次いでこの本の中でも大きなボリュームの話題ですよ。
教育の話の後に来ているのがずっとやりたかったという楽器の話だったりする。これって意図的じゃね? やりたいことやれよ、ってことじゃね?だとすれば大賛成だ。与えられたゆとり時間で自分の好きなことをやればいい。
問題は途中に書いてある通り、やりたいことがイマイチわからない、って場合だと思う。これはけっこうムズイよ。今の僕がゆとり時間をもらったら大喜びで趣味に費やす。でも高校の頃にもらったらやっぱりゲームやるか本読むかだろう。
今の僕の趣味が高尚で、ゲームや読書は低級! なんて言うつもりはさらさらない。ゲームも読書も今でも好きだし。問題はその時の僕の目だと思う。なんとなく暇つぶし的にやることと積極的に取り組むことではおそらく目の輝きが違う。頭の活性度合いが違う。
ゆとり教育に問題があるとすれば、目を輝かせて取り組むような面白い事柄を提供できなかったことじゃね? それって学校ってよりは親の責任が多くね? ということで僕は面白い事柄を子供たちにプレゼントしたい。
どうするか? 僕自身が目を輝かせていろいろな事に挑戦する。その姿を子供たちに見せる。これに尽きると思う。今、僕の子供たちはテレビゲームをしている。話が違うじゃん、って思うかもだけど、スゴイよ。
ぴょんぴょん跳びはねながら、目を輝かせてゲームしてるよ。同じゲームをするでも、これならいいじゃん、って思ってます。今回は珍しく本の内容とわりと関係あることを書いた。とてもウラヤマ面白い本でした。
↓これもある意味理想状態。

↓この状態は遠慮したい。

↓好きなことやっていい感じの山に住めたら理想。



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