*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/3/18)投稿記事の修正転載です
「風に舞う 花村 萬月」で才能と努力が気になった(2022/3/18)
ストーリーがブルース恋愛物語でテーマが才能と努力。と、書いといてなんだけどたぶんテーマは全然違う。正直わかりませんでした。そんな中で注目するとしたらこれだな、ってことで。
残念ながら僕はブルースがわからない。頭でっかちなので言葉の意味がわからないとイマイチ気分が出ない。……英語さっぱりダメなんですよ。意味がわからなくても何でも、雰囲気でブルースが好きな人もいる。でもって好きが高じて後から意味がついてくる。
これもまた才能だと思う。ブルースを楽しめる才能が豊かだと言葉の意味がわかる前に魅力を感じることができるんじゃね? うらやましいことだ。
おそらくこれは何にでもある。小説を楽しめる才能、スポーツ観戦の才能、仕事を面白いと思える才能、家族サービスが好きでたまらない才能、などなどキリがなさそうだ。才能が無ければ門前払い、……でもなさそうだ。
努力で何とかなる面もありそう。たとえば僕は昔に比べ小説を楽しむ能力が上がってると思う。これはたぶん努力のたまもの。友達や恋人に感化されて、昔はそうでもなかった趣味にはまる、なんてこともありそうだ。
そもそも努力できることが才能なのかもしれないが、多少なりともとっかかりがつかめれば努力でもって向上は可能だろう。おそらく才能の厄介なところは一様じゃないところだと思う。
才能あふれる人だってその分野の入り口に立ってからトップにいたるまで、ずっと同じ程度で才能たっぷりなわけではない。山あり谷ありスランプあり。最初は才能がないひともある程度まで行ったらぐんぐん伸びるかも。
才能があるかないかはやってみないとわからない。それどころか先に進んでみないと誰も何とも言えない。そう思っています。
これって金脈に似ている。掘り進んでみないと金が出るかどうかわからない。百年掘り続けても何もないかも。あとツルハシ一振りで出るかも。誰も知らない。アレにも似ている。株が上がるか下がるかは誰にもわからないって話。スパゲッティ理論ってやつ。
だとすれば何を拠り所にして続けるかやめるかを判断するか。もうそれは好き嫌いでしょ。楽しかったら続ける、気分がのらなくなったらやめる。実際には指導者のアドバイスとか他者の意見も重要だろうけど、結局はそこだと思う。才能と努力の関係はこれに尽きる。
以上の考え方は凡人のものです。この本に出てくるような業界トップの人だったり、オリンピックとかの世界は別モノ。似たようなところはあると思うけどケタが違うというか、ベースラインが違いそうな予感。今日もまた本の内容と全然関係ないことをひとりで勝手に考えて満足。
↓僕みたく薄っぺらくない。

↓当時はかなり頑張ったけど、今では草ぼーぼー。

↓インド最強伝説。


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