*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/5/13)投稿記事の修正転載です
「世紀末の隣人 重松 清」が見事な重松節(2022/5/13)
久しぶりに重松清の小説を読んで重苦しい気持ちになろうと思った。よく調べもしないで買ってびっくり。ルポルタージュですと?
重松節炸裂
小説と間違って買ったのに結果的にぜんぜん問題なかった。だってこれ小説と同じようなもんだから。長く愛される歌手はその人っぽさがあったりする。個性的ってことなんだろうね。玉置浩二、椎名林檎、福山雅治、このあたりは独特な雰囲気がある。その他、挙げだしたらきりがない。
小田和正なんて、独特すぎて詳しくない人間には同じように聞こえる。いや、さすがにわかるよ。わかるけどお馴染みの安心感がある。個性的な人間が持つ宿命かも。俳優もそうじゃね? 竹中直人とか。ってことはキムタクもすごいのか?
何が言いたいかっていうと小説も同じだと思う。小説どころが文章がそうだと思う。村上春樹の小説は独特だし、エッセイも特殊だ。好きな人にはたまらない。サンドイッチの話で本筋が止まっても全然ウェルカム。バッチコーイ! だ。
吉田修一もそうだ。たとえゲイが出てこなくても独特な空気感がある。僕なんかは詳しくないからあんまり知らないけど、文学好きにとっては一文見ればわかる、なんて人はたくさんいるのだろう。
不勉強な僕でもある程度識別可能なのが重松清。ルポルタージュでも消せない重松節がしっかり流れている。
わかったっぽい感じ
では重松節とは何か? 人それぞれ感じ方は違うだろう。僕にとっては、理解あるげな国語教師。生徒に寄り添い、「わかってるよ」なんて言って歩み寄るオッサン。でも生徒に拒絶され、唖然とする中年。「テメェなんかにわかってたまるかよ!」くらい言われて、殴られても良い。
どうして拒絶されたのかわからなくて本当にびっくりするまでが重松節。……いくらなんでも直木賞作家相手にひどい? いや、でもそう思っちゃうんだからこれはもうどうしようもない。ここはやっぱり国語、ダメならせめて文系であってほしい。理系の先生はドライだからそもそも寄り添ったりしない。
体育教師なんて最悪だ。ジャージを着たごついオッサンに「わかってるぞ!」なんて言われたら見当違いであっても愛想笑いせざるをえない。まあ令和の時代に寄り添う先生もいなければ面と向かって反抗する生徒もいないか。あくまで昭和な雰囲気ってことで。
100%同じ人間なんて存在しないのだから、理解する事なんて無理。99.9%正解だとしても、逆に0.1%でイラっとくる。だと思うんだけどそこを求めちゃって、「わかってるよ」と寄り添いたいのも人情。ものすごく人間臭くて魅力的だと思う。そのあたりが重松清の小説の魅力じゃね?
でもって同じ姿勢がこの本でも貫かれてるんじゃね? だから僕は満足した。……満足した。
満足したんだけど、あんまり重松清は読まない。僕が本を読むのは通勤がメイン。朝っぱらから暗い気持ちになりたくないし、仕事終わりに重たい雰囲気もごめんだ。今回みたいにその気だったら別だが。いろいろ考えさせられて面白い本でした。
↓記事タイトルに「だゾ!」までつけたかったけど32文字制限で断念。

↓ちょうど良い距離感ってあるよね。

↓こちらも安定感あります。



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