*「晴耕雨読その他いろいろ」(2018/2/16)投稿記事の修正転載です
「とにかく散歩いたしましょう 小川 洋子」は文学っぽいエッセイ
エッセイなので色々あるがテーマはやっぱり散歩だろうか。散歩は考え事と相性が良い。机に向かってガンガン進むなら良いが、煮詰まった時には軽く体を動かす単純作業をしながら考えた方が進展があったりする。
なので古い学校にはナンチャラの小路的な散歩コースがあることが多い。散歩中に偶然何かを見かけてヒントになる、ってのもありそう。刑事もの2時間ドラマだと事件解決の糸口を得るパターン。
このエッセイの特徴は文章だと思う。エピソードが面白かったり考え方が面白かったりエッセイにも色々あるが特に文章がユニークで面白かった。何だかとても文学的な文章だ。エピソードを説明してても考え方を説明してても、あれ?これエッセイだよね?って不思議になるほど文学っぽい。
実は今回も小説を借りるつもりで間違えて借りてきたエッセイだ。一応中身を見て描写がエッセイっぽくないので借りた。もうちょっとしっかり確認して目次とか見ればエッセイと分かったのに。それでもこの本のお蔭でやっぱり避けて通れないものだと改めて認識した。
僕のような屁理屈大好き人間が小説をいくつか読めば、文学って何よ?と考えるのは当然だ。特に僕は小説家に憧れている。考えないはずはない。これが文系出身なら、教養として文学論初級編とか勉強していたかもしれないが生憎理系人間である。一切勉強していない。
こういう場合最も手っ取り早いのはネットで調べる事だ。文学論の本を図書館で借りてくるよりよっぽど手軽に多角的に調べられる。本を読むとしてもある程度知識があった方がとっつき易いし。仕事なら確実にそうする。でもこの方法の問題は誰かの受け売りになる可能性があることだろう。
恐竜の生き残り的UMAを探しに行った探検隊が目撃者に恐竜のイラストを見せ、こんな感じだった?と聞くようなもの。目撃者のイメージは恐竜に引き寄せられてしまう。なのでこの件に関しては全然調べていない。極端な不勉強だ。その内納得がいく考え方ができたら他の人の考えを調べる予定。
もちろん人それぞれだろうが、広く一般に受け入れられる考え方にたどり着けば、それこそ小説家になれるだろう。逆に言えばそれを見付けることは小説家になるより難しいのでは。この本はエッセイだけど文学っぽいですよ、と言っておきながらじゃあ具体的にどこら辺が?と問われれば困ってしまう。
描写がそれっぽいのだけどもちろんそれだけじゃない。描写のもととなる考え方自体が文学っぽい雰囲気を持っている。短いエッセイだけど、この題材で小説が書けるんじゃね?くらいのスゴ味がそれぞれにある。
まだまだ僕ごときでは分からない。でもまあそんな事を考えてしまう大変勉強になるエッセイでした。もちろん普通のエッセイとしても面白くそんな事を考えない人にもおススメ。
↓逃げることは大切だけど難しい。それを小説に書くのはもっと難しい、たぶん。

↓似たもの親子って言葉があるけど、卵が先か鶏が先か、だよね。

↓サトリ覚醒もいいけど、オジ覚醒も誰か見付けてほしい。



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