AI小説を書きたい
AI小説を書くからには、具体的にどうするのか決めなければならない。僕とAIの作業分担、どのような課題が想定されるのか、あとで困らないようにしっかり考えておきたい。結論はやってみないと分からない、かもだけど事前準備は必要じゃね?
何をお願いするか
AI小説を書くにあたり、何事にも段取りを踏まないと動けないおじさんは色々考えた。まずは漫画や動画と比べた小説のメリット・デメリット、次に今後小説はどうなっていくのか。もちろん正解はないとしても考えずにはいられない。


その後で気になるのは僕が何をするか、AIに何をやってもらうか、ってことだ。『頭がいい人のChatGPT&Copilotの使い方 橋本大也』には、編集をやってもらおう、と書いてある。僕が小説を書いて、AIにチェックしてもらう。オーソドックスな手法だ。

……いいんだよ。別にいいんだよ。でもAIに編集だけしてもらった小説を、AI小説と言えるかどうか微妙じゃね? 編集者の佐藤さんに編集してもらったら佐藤さん小説なのか、鈴木さんに編集してもらったら鈴木さん小説なのか、って気がする。
さらに言うと、AIにボロクソにけなされて落ち込む or / and 怒りまくる自分自身の姿が目に浮かぶようだ。もちろん編集の仕事は出来上がった小説を読むだけではない、と思う。知らんけど。最初の段階でプロットやら筋書きやらの相談に乗ってくれるはずだ。それをAIに頼めば良いってこと?
しかしAIはわりといい加減だから、AIに言われたとおりに書いたのに文句言われる、っていうパターンがありそう。学生の頃から今まで、先輩やら上司やらに散々やられたこの嫌な流れをAIにまでやられたら発狂する自信がある。
ここはひとつ、編集だけでなくてもうちょっと積極的なAI共創を目指したい。小説には大きく分けて2つの作業があると思っている。考えることと書くことだ。……いやいや、もっとたくさんあるよ、その2つは不可分だよとかいろいろ意見はあるだろうけど、まあざっくりってことで。
じゃあ考えることと書くこと、どっちに主体性を発揮するべきかっていうと、もちろん考えることだよね。そりゃあ両方とも主体的に取り組んで面白い小説が書ければそれに越したことはないけど、ダメだった人間はどちらかを選ばなければならない。だったら考える方じゃね?
上記『頭がいい人の~』の記事で書いた、聞き書きみたいな状態を目指す。でもってシード値としての特異性には自信があるのですよ。……有用かどうかは置いとくとしても、変わり者である点では中々のものだと思ってます。

ここで重要なのがおそらく謙虚さだ。『AI時代に「自分の才能を伸ばす」ということ 大黒 達也』の記事に書いた通り、せっかくAIがあれこれ教えてくれるのに聞き入れないのではもったいない。プロット相談でも、修正提案でも、ともかく謙虚に耳を傾けたい。
そもそもここ数日、僕がAIに期待している最大のポイントがここだったりする。相談できる相手、感想を教えてくれる相手、意見を言ってくれる相手だ。……まるで僕が友達いないおじさんみたいだけど、だいたいみんなそうだよね。小説読んでくれる友達なんている人の方がレアだ。
ぶっちゃけ僕に足りなかったのはそれだったんじゃないか、とすら思っている。わりと本を読んでて、結構書いてて、それなのにダメだったのはひとえに成長がなかったからでは。自己完結していて、別視点のブラッシュアップが足りなかったんじゃね?
読んでもらったことはあるっちゃあるんですよ。山本甲士先生の小説通信添削とか、若桜木先生の「落選理由を探る」とか。さらに公募スクール初級講座、中級講座とか。……あれ? わりと多い? こんなに読んでもらって意見聞いてダメだったの?


質では上記に及ばないとしても、AIに聞けば数を稼げる。継続は力なり、ですよ。しかも繰り返し何度も聞けるってのがありがたい。提案の意味が分かんないんだけど、そうは言っても僕の意図はこうだったんだけど、なんてプロの先生には中々言いにくい。お金かかるし。
その他、僕のダメポイントとして変わり者過ぎてるって方向性が考えられる。他の人が眉を顰める考え方、鼻で笑っちゃう文章、ってパターン。……我ながら悲しくて考えたくないけど。この場合だって、AIに書いてもらって、修正してもらえば常識方向に近づくはず。
さらにさらに、AIにアドバイスもらって文章書いてAIに否定されたら腹立つけど、AIに書いてもらった文章にAIがダメだししてても怒りは沸いてこないだろう。むしろプププ、って笑えるんじゃね? それもどうよ、って気がするけど。
ということで方針は決まった。AIにプロットとかいろいろ相談して、AIに書いてもらって、僕が手直しして、AIにチェックしてもらう(以下満足するまで続く)。ポイントは謙虚に言うこと聞く。まずはこれでスタートしてみようと思います。
トレードオフ問題ありそう
しかしなんとなくだけどオチは見えているのですよ。小説を読む際のメリットとして脳味噌が活性化されてアンテナが高くなる⇒楽しめる、ってのがあると思ってる。これは書く時にも言える話で、書いてるうちにアンテナが高くなんじゃね?
僕みたいなアマチュアであっても、キャラクターが勝手に動きだしたり、詰んだと思っていた場面から良いアイディアが浮かんで話が進んだり、って経験がある。これらはおそらく脳が活性化された結果なのでは。
AIに小説を書いてもらう場合、手はあんまり動かさない。少なくとも自分でキーボードを打つ時よりは動かさない。だとするとAI小説では脳は活性化せず、したがってキャラクターは勝手に動いてくれない。詰んだと思ったら詰みっぱなし。……そんなヤバヤバ感がぬぐえない。
ただし、これは程度の問題だと思っている。パソコンやワープロができる前、小説はペンで書かれていた。キーボードを打つよりも手で書く方が脳が活性化しそう。さらに前は筆だったり、ミノだったりしただろうから、運動の繊細さや大変さはさらに上。
ということで昔から考えたら、ワープロソフトで小説書くのだってぬるいだろう。押すだけで文字が出てくるし、Redo・Undoはいくらでもできるし。でも数々の名作が生み出されてきたわけですよ。これは脳の活性だけでは説明できない。
脳の活性と便利さがだいたいトレードオフの関係にあるってのは良いセン行ってる予感。これまでの歴史の中で便利さが上がって、脳の活性が下がった。しかし小説に関しては便利さアップのメリットが、脳の活性ダウンのデメリットに勝っているんじゃね?
いやいやそんなことない、ワープロ以前の手で書いていた文豪の作品が最強! 最近の出版業界不振は手で書いてない小説ばっかりだからだ! って意見もあるかもしれない。でも少なくとも僕はワープロで書かれた小説も好きだし、今どきそこを区別する人は少ないんじゃね?
ひょっとして閾値はワープロソフト辺りにあるのかもしれない。AI小説では便利さアップのメリットが、脳の活性ダウンのデメリットに負けて、面白い小説にならないのかもしれない。だとしても実験は閾値を確認するまでおこなうべきだ。
この辺りは今後明らかになる予感。たくさんの人がAIで小説を書いて、それが評価されれば便利さの勝ち。やっぱりAIダメだよねってなったら脳活性が敗北の一因かも。まあしばらくはAI嫌いバイアスがかかるだろうから、それが無くなんないとわかんないかもだけど。
個人としては出来ることをする。なるべく脳活性を落とさないように、対話の回数と詳細な作り込みでカバーしたい。キャラクターの性格やら背景を細かく決めれば勝手に動いてくれるかもだし、状況設定がしっかりしていれば切羽詰まっても解決のアイディアが浮かぶかも。
などと考えたあたりで実践開始。Claudeをダウンロードしてあれこれ相談しています。スゲーなーって思うこともあるし、やっぱりそううまくは行かないかって残念ポイントもある。そのあたりわかってきたらAI小説に関する続きの記事を書きます。


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