*「晴耕雨読その他いろいろ」2016/4/21投稿記事の修正転載です
レッツゴー・ばーさん! 平 安寿子(2016/4/21)
・小説の主人公のエッセイ、みたいな変な本
・あれもこれも、と欲張らず現実的
・まだまだ先だと思いたいが‥
変な本だ。元気なばーさんが主人公の小説、かと勝手に思ってたが、ばーさんのエッセイが続く。というか最後までそう。最初に登場人物紹介、とかあるから余計ややこしい。内容的には解りやすくて面白い。誰もが避けては通れない老いに関する問題について主人公の考えを書いている。
年を取る前はああなりたい、こうはなりたくない、等と色々勝手に考えてしまう。でも年を取ってみたら出来ることが限られるので欲張らずに出来ることをやりましょう、みたいな印象を受ける話。
確かにこれは小説の方が良さそうだ。実際に作者のエッセイにしてしまうと登場人物は実在することになる。ってことは実在する人物の老いに関する成功、失敗、良い印象を受ける部分、嫌だなぁと思う部分、これらを書かなけれなばならない。
これって結構角が立ちそうだ。小説仕立てでもこの話のモデルって自分じゃない?などと思われそうなのに実話だともっと大変だろう。下手をすれば貴重な友達を失うことになる。
僕はアラフォー。老いだなんてまだまだ先の話、と思いたい。しかし幸いにも僕はかなり前から衰えを感じているのだ。
実際の老いとなるとこんなもんじゃないのだろうが自分は明らかに衰えている。ケガが治りにくくなったなー、とか筋肉痛が翌々日に出るようになったなー、とか40歳に近づくにつれ誰でも多少は自覚するのでは。
何年か前知り合いがこんな話をしていた。その内子供に負ける事が出てくるのだろうがまだまだ、と。その人の子供は未就学児であった。しかし僕はかなり早い段階で息子に負けていた。そしてそれは大抵の人がそうだと思う。
子供のオムツが外れるころ、あるいはオムツをしていても外出先とかで子供と一緒にトイレに行く機会がある。そこで圧倒的なまでのキレの違いを見せつけられるのだ。パッと出てピタッと止まる。
ちょっと前までオムツをしていたのだからそんな性能オーバースペックだろうと思うのだが立ち上がり時間、立ち下り時間ゼロである。そして長男は嬉しそうに僕の勝ちー、と言うのだ。言われなくても完敗である。
最近では長男と一緒に初めて長男が終わってその後の次男に負ける、という超屈辱的なことすらある。もはや争う気も失せた。で、まあこんなことがどんどん増えていきその内笑えないことも出てくるのだろう。笑い話にできるうちに笑っておきましょう、という姿勢もこの小説の好ましい点。
その内誰だって年を取って死ぬ。ピンピンコロリが理想だがかなわないのならせめてやることはやってジタバタせずに老いを迎えよう、そんな前向きな気分になれる良い小説だ。
↓老いる前に身に付けたいことも色々あるのですよ。
↓老いの境界も曖昧。でも確実に老いる。
↓ジタバタせずに、なんて心境には中々ならない。






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