『蜃気楼の彼方に 井上 香織』は見方を変えればシュールで文学的

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*「晴耕雨読その他いろいろ」2016/7/6投稿記事の修正転載です

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蜃気楼の彼方に 井上香織(2016/7/6)

・少女漫画みたい
・優柔不断よりはホウレンソウの欠如
見方を変えればシュールで文学的

優等生に突然降りかかる問題と施設育ちのストリートミュージシャンとの恋愛。ステレオタイプというか少女漫画的というか。主人公は成績優秀で生徒会長、多分可愛い。その上医者の娘で金持ち。父親は厳格で母親は優しいが気が弱い。

ここまで揃っていながらどこかで見たような‥、という感じが薄い。場面場面ではよくある話、と思い台詞もそんな感じなのだが、全体を通すとそうでもないのは逆に揃い過ぎていて珍しいからか。ちょっとやり過ぎじゃない?的な。

この手の話をさらに盛り上げるにはすれ違いが欠かせない。出ました。優柔不断砲、なのだがこの話ではむしろホウレンソウの欠如が頻繁に出てくる。心配かけるといけないから、迷惑かけるから、みたいな。

主人公はむしろ決断がはっきりしている、と思う。それに対して外からの力が加わりウロチョロしてしまうのだがこんなことあったら誰だってそうなるよな、感はある。

少女漫画的に頑張り屋の主人公が運命に翻弄され、かわいそう‥、と読むか。ふざけんなこの女、周り中に迷惑かけまくりじゃねーか、と読むか。意見が分かれるところだろう。何となく作者の意図は前者な気がする。最後の方の台詞だったり服装の描写だったりが如何にもそれっぽい。

しかし敢えてそれをガン無視して考えてみるともの凄くシュールで人間っぽい。良かれと思った判断が裏目に出る、他人に迷惑かけまくり、人間なんてそんなもんだよねー、でも本人はそれに気付かずいい気分。

人間っぽい=文学的、だと思っているので斜に構えて見ればこの話は僕にとって文学的なのだ。

そもそも恋愛だなんて人間っぽさの塊だ。優柔不断がまずそうだがホウレンソウの欠如だってそうだと思う。純粋に相手のためを思ってか、それとも自分の見栄か、面倒を避けたい日和見主義か。いずれにしろ如何にも人間っぽい。

この話は僕のような人間にはキレイキレイで物足りない。しかし穿った見方をすれば人間ってこんな感じだよねー、が詰まったとても面白い話である。誰もそんな読み方しないだろうが。

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