*「晴耕雨読その他いろいろ」2023/12/15投稿記事の修正転載です
「幸せになる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教えII 岸見 一郎、古賀 史健」で水辺まで来たけど水は飲まないことに決定
前回に続きとても面白かったんだけど水は飲まないことにしました。全飲みはしないけど、ある程度は飲みますよって感じ。

努力は?
基本的に魅力いっぱいの考え方なので実践に移したい部分は多い。なんだけど気になった部分もいくつか。最も大きいのが努力。世の中に喜びはふたつしかないと僕は勝手に思っている。努力と共感。他にも色々あるんだろうけど突き詰めていくとこれに集約される。
けどアドラー心理学だと全ての喜びは人間関係らしい。……えー、努力はー? もちろん見方の違いもあるだろう。僕は努力と共感に集約したけど共感のみという考えもあるだろうし、もっと多いよって人もいる。明確な線引きは無理そうだ。
アドラー心理学でも、優越性の追求とか劣等感をバネにとか努力関連の言葉が出てくる。でも喜びは人間関係だけらしい。過去を気にしないから? あるいは相性が悪いのかも。自立を目指し、共同体を形成し、主語の変換を目指すわけだから、自己完結的な努力とは合わないような気もする。
努力が幸せをもたらすとなると極論共同体は不要になる。それぞれが自分の好きなことを自分の好きなように追求すれば良い。……なんか破綻しそうな世の中だけどちょっと見てみたい。やっぱり併用が無難じゃね?
自分を操作
僕が心理学に抱いていたイメージは、心理を読んで有利に立て! 相手を操作してやれ! だったりする。ヤバい心理学、的な? アドラー心理学はこれをしない、……のではなく効率的におこなう。ただし相手よりむしろ自分自身の操作を重視する。
この考え方は誤解なんだろうけど、そんな気がしてならない。おそらくヤバい心理学は自分まで操作しきらない。酔ってるふりはしても実はシラフで飲み会参加、みたいな。でもって相手に、このお酒美味しいよ、飲んでみな、なんて勧めるわけだ。
相手に飲ませようとしたら自分が先に飲む方が効率的だ。美味しそうに飲んでいい気分で酔っ払えば、相手だっていつの間にか飲んでそう。自分だけ酔ったら? なんて考えない。相手を操作する目的のもとまず自分を操作する、とは言わない。
もし過程がそうだったとしてももっと大きな目的がありそう。たぶん全人類幸福とか世界平和とかその目的のために自分を操作する。第一次世界大戦を経験して次これやったらヤベーだろ、と思っただろうから共同体は急務だ。メッチャ時間かかりそうだし。未だできる兆しすらないし。
そのためにパブロフの犬的な手法を使っている気がする。犬って言うと言葉が悪いかもだけど脳トレの脳を騙す的なヤツ。頻度の高さで重要と思わせるとか、他の脳番地との連携を図るとか。
たとえば交友と信頼。これは本来ちょっとずつ前進する。交友⇒信頼、信頼⇒交友を少しずつ重ねて関係を深める。アドラー心理学では問答無用で相手への信頼をMAXまで振り切る。こんなに信頼しているんだから交友も十分、と自分を錯覚させる。
信頼しているから相手の興味も気になるし、言葉にも耳を傾ける。すると相手も錯覚する。こんなに信頼されているし、ガンガン興味持ってもらうし、交友十分なんじゃね?って感じで。
ヤバい心理学では自分を騙さず相手だけ騙そうとする。アドラー心理学は自分を騙して効率的に目的に向かう。……なんていうのは誤解だよね? おそらく完全な善人と自分まで騙した偽善者との区別は出来ないと思う。区別、っていうかもう同じようなもんだから分ける必要ないと思う。
などという勝手な誤解をしました。気になるところがあるから全飲みはしないけど十分魅力的。自分流にアレンジして実践したいと思ってます。目指せ! パーフェクト偽善者!
……普通に読んだら感動の本ですよ。僕が変なだけですよ。面白くてためになりました。マジおすすめ。
↓レター教室とか不道徳教養講座とかの雰囲気。
↓アドラー心理学⇒株、って流れは我ながら振り幅大き過ぎ。
↓なんだかんだ言ったって家族は有無を言わさず共同体。








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