*「晴耕雨読その他いろいろ」(2022/7/29)投稿記事の修正転載です
「たそがれどきに見つけたもの 朝倉 かすみ」で引き際の難しさが気になった(2022/7/29)
ストーリーが境界線短編集でテーマが黄昏時。攻めるより引く方が難しいらしい。引くのが難しいなら引き際の難しさはもっとじゃね?
まだ行けるか?
若い頃はいい。ガンガン突っ走ればいいんだから。体力だってあるし傷も治りやすい。そんなんジジイの思い込み、って言われるかもだけど少なくとも今よりは突っ走れた。歳を取るといろいろガタが来る。
そりゃもう、いろいろと、はっきり言って全部。使い古したバッテリーみたいに、いくら充電してもフルには戻らない。人間は有機物なわけだから経年劣化がひどい。プラスチックやゴムなんかを雨風やら日光にさらすのと同じでヒビは入るし粉はふく。ちょっと油断するとポキッといく。
自分でそれがわかったのなら、いさぎよく退却すればいい。若い頃楽しくなって広げた版図を必要に応じて放棄すればいい。寂しいけどね。しょうがない。
撤退戦は難しい、って司馬遼太郎が言ってた。だからこそ、いい所見せれば功名が辻なわけだ。だとすれば難しいのはやっぱり引き際でしょ。
総崩れは避けたい
ここで気をつけたいのは引くべき場所だと思う。肉体の衰えはしょうがない。その分野では無理せず引くとしても精神面ではどうだろうか? おそらくだけど肉体的に衰退を始めると、気持ちが一緒に折れて精神的にも逃げ始めるんじゃね? そうなると全体的に収拾がつかない。
気持ちはわかるけどその必要はないと思う。体力が衰え、頭の回転も遅くなりそれでも自分のやりたいことを好きなようにやっていいはずだ。もちろん他人に迷惑かけるのはほどほどに、だけど。それにしたって年寄りだし、子供ほどじゃなくともみんな大目に見てくれるかも。
年寄りの冷や水、なんて言葉があるけど自分にとって冷や水かどうかは試してみないとわからない。突然無理するから問題が起こるのであって普段から少しずつやってれば案外いけるんじゃね?
いい感じに歳を取りたい
何が言いたいって、ズバリこれだ。無難なだけの年寄りにはなりたくない。昔話で威張ってばかりもゴメンだ。
常にアンテナをはって新しいこと、面白そうなことに挑戦していたい。でもって、これって年寄りだけじゃなく常に意識したいことだ。小さくまとまろうと思えば中年でも若いうちでお可能。もちろんそれは避けたい。
だとすれば、黄昏時とはいつだろうか? あれは誰だろうと首を傾げたり、不思議な体験に翻弄されるのはひょっとして時間に関係ないのかも。新しい世界に飛び込んだ時、首を傾げたり翻弄されたりは当たり前。
若い頃はそれもまた自動的に楽しめて、歳を取り挑戦が減っていくと困惑する。その不安な困惑こそが黄昏なのかも。……いい感じに発散してきました。お酒も飲んでるしここら辺が限界。ただし結論は明確だ。肉体の衰えはしょうがないとしても気持ちまで衰えさせる必要はない。
この本には黄昏時な女性がたくさん出てくる。是非いい方向に活用して今後も楽しく過ごしてほしい。……え? 不倫? 不倫は難しいよね。面倒くさそうだから出来ることなら他に楽しみを見つけて、って感じ。配偶者の良いところ探せば? とか思うけど、そういうもんでもないんだろうね。
自分の黄昏時はどうしましょう。そんな気分になる良い本です。
↓あんまり変なタイミングで出会うのも困るよね。

↓若い頃は突っ走ればいい、なんて考えも当時の難しさを忘れてるだけかも。

↓わけ分からない、で終わっちゃうと困るので確かなモノを探す。納得だ。


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