*「晴耕雨読その他いろいろ」(2017/10/11)投稿記事の修正転載です
「もう誘拐なんてしない 東川篤哉」で分かりやすさって大事だよねって思った(2017/10/11)
ストーリーが狂言誘拐でテーマが正直よくわからなかった。まあ謎解きミステリーにテーマを求めるのが無駄な事かも知れないが。犯人はわかった。カンで。でもカンで犯人を当てるのって比較的容易で2時間ドラマとかだと出てきた瞬間に犯人がわかったりする。
もちろんそういうのは邪道でありミステリー好きに言わせれば言語道断である。‥言語道断なんだけどこの話では探偵役がカンで犯人を追及してる気がしてならない。読む側がやったら邪道だけど探偵役がやったら何となく許せてしまう。我ながら不思議だ。
アホな僕には動機もどうしてそんなトリック使ったのかもよくわからなかった。動機はまあ色々あったのだろう。人の気持ちなんて色々で他人には理解できないもんだ。それを僕のようなアホにも分かりやすく、かつウルサクならないように示さなければならないのだからやっぱり小説家って大変だ。
トリックは、おおなるほど、と思ったがもっと簡単な手があったのでは? とも思ってしまう。おそらくそこら辺の説明はしっかりなされていたのだろうが、僕は読み飛ばしたか覚えていない。
この調子で、お前はもう推理小説読むな!と言いたくなるような人間まで相手にしなければならないからやっぱり推理小説家って大変だ。
しかもアホな読者をないがしろにすると大変なことになったりするのでさらに厄介だ。アホな読者が少数ならまだ良い。良識ある読者、および社会がアホな読者を排除してくれる。作者はアホを考慮する必要がない。
しかしアホが大多数だったら? やっぱりアホを気に掛けなければならない。これっておそらく昔からの問題で商業主義に走った!とか大衆におもねるのか!って奴だろう。アホって何?ってことにもなるし。
それをひっくり返すエネルギーを持って不遇の時代を耐えながらもついには認められる、って場合もある。まあ、作者の死後かもしれないが。でもその反面廃れていくこともある。
テレビをバカにしていた映画業界は今やテレビを無視できないし、ネットをバカにしていたテレビ業界も今となってはネットに頼る部分がある。そう言えばライトノベルもバカにされていたが本屋に行くと結構勢力は大きい。っていうか以前と違い表紙で見分けがつかなくなってきた。
別にこの本が難解なミステリーってわけではないですよ。むしろ軽い雰囲気で読みやすいしどちらかと言えば今風のミステリー。変なこと考えなければ十分面白い。何が言いたいかって言うとアホな僕には推理小説は到底書けないだろうな、ってことでした。
↓昔流行った透明飲料みたいな精製可能? ……無理でしょ。

↓離婚案件じゃね?

↓子供を締め付けたくはないけど、悪いことしたら叱らなきゃいけないからムズい。


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