なるほど納得
ストーリーがちゃっかり算術物語でテーマが「ずる」、登場人物はちゃっかりお師匠様。第11回小説現代長編新人賞受賞作ですよ。こんなに面白い本が受賞したのならなるほど納得。……まあ、僕は予選落ちでしたけど。

ずるいよ
多分最初だけ読んだことある。なぜなら僕も第11回小説現代長編新人賞に応募して、その頃は毎月小説現代を買ってたから。図書館で見かけて読んでみて、納得の面白さだった。僕が応募したのは『スタート地点』で気に入ってはいるけど、とても比べ物にならない。
この本の主人公はとんでもない才能を持っている。しかし何もしない。上から目線で他人を評価するばかりで自らを省みることはしない。じゃあ自分はどうよ?って発想になればもう少し謙虚になりそうなもんだけど。何かを連想させると思ったら先日読んだ小説と同じ構図だったわ。
上記小説がバイオレンス系なのに対して、この小説はわりとゆるふわ、何もしない理由にも「臆病さ」と「怠惰」という違いがあるけど似ている。さらに視点人物を変えれば、かの名作にもつながる。主人公と元夫の関係は『痴人の愛』みたいじゃね?
さらにこの小説はずるいことに主人公が憎めない。『痴人の愛』のナオミにも振り回されてみたいけど危険。それに対してこっちの主人公ならわりと安心で、ぜひ振り回されてみたい。何が違うのか? おそらく主人公の健全さ、ちゃっかりさであって、そこがまた愛嬌につながる。ずるい。
自分が楽をするため、有利なポジションをキープするためなら、才能、若さ、立場、経験、何でも使う。その目的がお金や出世のためなら嫌な奴だが、本能に根差した欲望のためだから憎めない。主人公のエロさすら大義名分のもとに健全だ。
エロいよ
直接的な描写はないが、なぜか主人公は常にエロい。しかもいやらしいエロさではなく、健全なエロさ。これって珍しくね? 時代劇で算術、健全なエロさ。レアさの二乗が本作をSSRにしている予感。時代劇で算術だけならあるのですよ。
上記を女性主人公に変えただけではイマイチ、ってことで仕事と絡めたんだと思う。あるいは女性にする上で仕事と絡めざるを得なくなった。その過程で設定上の偶然なのか、狙ってなのか知らないがエロさが出たんじゃね?
この辺りは著者のずるさな気がする。時代劇で算術というわかりやすいレアさの陰に、健全なエロというレア雰囲気を漂わせる。しかも堅苦しい算術とエロさは相反するイメージだから、ミスマッチの妙ともなる。完全な作戦勝ちじゃね?
ここまでさんざん「ずる」という言葉を使ったが、この小説の「ずる」は悪いイメージではない。発想の転換とか、ちゃっかりとかに近い。ルール違反ではなく、ガンガン使うべき方向の「ずる」だ。主人公は「ずる」の天才であり、これを怠惰な方向に使いまくる。
正直、テーマとしては「仕事」も有力だった。しかし結局、主人公は自分の仕事を見付けていない、と少なくとも僕は思う。考えた結果、なすべきことをなしたんだろうけど、なんとなく消極的で易きに流れている感がある。
命の危険があったとしても濁流に飛び込むような、居ても立っても居られない積極性が示されていて、かつそれが仕事につながるという示唆があればテーマを「仕事」にしたかも。あるいは著者は意図して暗示にとどめたのかもだけど。
このあたり『成瀬は天下を取りに行く』を思い出す。わりとタンパクな成瀬だけど、最後の方でどうしても手に入れたいものを見付けたっぽい。この小説の場合、そのような交換不可な存在と「仕事」の関係は明示されていない、ような気がする。
あと気になった点として、最後の方かなり展開が急じゃね? 途中までスゲーって思って読んでたんだけど、後の方はわりとざっくり伏線回収していった感があり、イマイチ消化不良。枚数かなんかの制約なのかね?
などと色々書いたけど面白かった。僕も「ずる」を最大限使って、ちゃっかり毎日を過ごしたい。もちろんそれには才能が必要なんだけど、制約条件を何か一つ外せば良いのかも、等と思ってます。面白くて考えさせられる良作。
↓それぞれの話が解決して大団円、ってムズいよね。
↓ちゃっかりさと柔軟性は共通点がある気がする。









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