『闘う女 朝比奈 あすか』で闘う相手はしっかり見定めたいと思った

02book-251220fight0 小説
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闘う相手は誰か

ストーリーがキャリア女子戦記でテーマが闘い、キャラクターは自分勝手。何かと闘ってるつもりなんだけど相手が何だか自分でもわかんなくて、焦ってるうちに流されてタイムオーバー。よくあるパターンですな。僕も気を付けたいけど、どうしようもないのですよ。

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岡本太郎読めば?

主人公は色んなものと闘っている。メインは女性像だと思う。女はこうあるべき、みたいな、仕事、出産、育児に関する固定観念と闘う。同時にパートナーも闘っている。こうあるべきって流れに逆らおうとする。この二人が超自分勝手。

自分の闘いのためなら周りが不幸になっても全然OK。自分が一番可愛いってパターン。人間誰しもそうだろうけど、それにしたって限度があるでしょ。自分はやりたいことをやる、だから面倒ごとはアンタが引き受けなさい、なんてのは虫が良すぎる。

そもそも誰かを不幸にして回避できる闘いだけが全てではない。最強の敵、時間に関しては他人に責を負わすことができない。自分は年老いるのが嫌だから、アンタの若さをよこしなさい、なんてことは無理。だから嫉妬とか嫌味が世の中にあふれている。

そうこうしていくと敵だらけになる。そりゃそうだよね。自分が好き勝手やるために他人に用事を言いつけて、言うこと聞かなかったら敵認定なんだから。私の行く手を阻む奴は誰でも敵! とかって知らぬ間に敵視される側も大変だ。

なんかアレだよね。身勝手な大国みたいだよね。自分の思い通りにならない奴はみんな敵。あちこちに喧嘩を売って同時にいくつもの国と揉め事を抱える。世界大戦直前のドイツなんかがそんな感じだったんだじゃね?

ということで闘うべき相手は言うことを聞かない他人ではない。ましてや固定観念やら老いでもない。抽象的なもの、定義できないものと闘おうと思っても、相手を見定めることができず、焦って時間が過ぎていくだけだ。

闘うべき相手は自分。自分もまた抽象的ではあり絶えず変化するものだけど、自分と他者との区切りは明確だ。ということで岡本太郎読めばいいんじゃね? やっぱり敵を多く作るのかもだけど、ブレて迷走することは少なくなりそうな予感。

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線引きをどこでするか

人間誰しも自分が一番可愛い。恋人とか子供が可愛いのだって、一番可愛い自分自身が可愛いと認めているからだよね。かといって自分勝手なのも考え物。じゃあどれほど自分を可愛がり好き勝手やるか? この線引きが難しい。

当然のごとくこの答えはアドラー心理学が示してくれています。最終的に誰が困るか、ってので誰の仕事かがわかるのですよ。自分はやりたいことやるから他の誰かにやってもらう、なんてことが妥当かどうかは誰の仕事かによる。

もちろんこれだって難しい。会社でラーメン作れって言われたとする。ラーメン作らなくて困るのは誰か? 食べたいラーメンを食べられない上司が困るとすれば、それは上司の仕事だ。怒った上司があれこれ嫌がらせしてきたら困るのは自分であり、自分の仕事となる。

おそらく、令和の時代に上記のようなことがあれば処罰を受けて困るのは上司であり、ラーメン作りは上司の仕事だ。しかし昭和だったら上司の嫌がらせには泣き寝入りするしかなく、困るのは自分だからラーメン作りは自分の仕事ってことになる。

それでも困らねーよ、こんな会社辞めてやる! 他でのし上がってやるぜ! って思った人たちが少しずつ変えていったのが現代なのかもしれない。だから結局判断は難しい。けど指針があるだけで少し気が楽になるんじゃね?

絶対的な正解なんてのは世の中にない。上記の通り、ラーメン作りひとつをとってしても正解はない。評価は時代によって変わるし、自分もまた変わるから後で考えればどうしてこだわってたんだっけ?なんてこともある。

ということで線引きはアドラー心理学風にするとしても、拠り所は自分しかない。現状可能な範囲で後々のことまで考えつつ、今現在の正解を考え抜く。その結果、自分はこれが正しいと思うことを実行する。これですよ。そのためには自己肯定感が必要。

自分を信じて進む、とか言うけど、自分が考える正解も時々刻々と変化する。あ、やっぱりこっちじゃね? え、それもまた気のせいで最初のままでOK? みたいな。だからムズイ。ムズイけどそれしかない。それが自分との闘いなんだと思う。

他人とか固定観念なんてのは自分と比べれば大した敵ではない。だって自分が一番可愛いから手を抜いて楽したい。やりたいことだけやって、面倒はスルーしたい。その誘惑は超強力だ。ってことで最初の話に戻る。岡本太郎を読めば良い。

僕ら凡人にとって、結果は同じだと思う。他人とか固定観念とかと闘っても、自分と闘っても、凡人は平凡な人生を送って終わる。でも前者は結局何と闘ったんだっけ?と首を傾げるかも。あるいはそれすら気付かず死んでいくのかも。ならば見える相手、自分と闘った方がマシじゃね?

などと今日も余計なことを考えました。何が言いたいかって言うと、この本の主人公は色々なものと闘ったけど、自分とはそんなに闘ってなくね? ってこと。どうせダメ元なら自分と闘って、多少なりとも満足して死にたい。……ムズイけどね。

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↓設定が違えば超魅力的、っていうのが面白い。

↓食事をする際に左手を使う、これもまた闘いですよ。

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