山菜って美味しいよね
瞑想本2冊目はスピリチュアル寄り、と見せかけて、スピリチュアルを科学的に解明しようとするめっちゃ好みのスタイルでした。個人的な解釈としては山菜採り。山菜を手に入れた幸せな自分を思い描く本ですよ。

ドラゴンボール的な
レッスンが4つあって途中までは以前読んだ本と同じ。雑念を振り払う的な感じ。個人的には考えてこそ人間だと思ってるんだけど、目の前の物事に集中せず余計な事を考えるのはやっぱり違うなと納得。
勉強の最中とかなら集中する必要があるのはわかる。しかし歩くとか歯磨きとか、フルオートでできる動作にまで集中することで、「今ここ」を満喫しようぜ! 集中力も上がるよ! って解釈しています。余計なこと考えるの大好きだからムズいけど挑戦中。
問題はその後だ。最後のレッスンをマスターすると、どんな願いも叶うらしい。もはやドラゴンボールの世界だ。しかもドラゴンレーダー不要で、部屋から一歩も出ずに可能。引き寄せ的な匂いを感じて、眉に唾を付けたくなってくるよね。実際僕も途中まで警戒していました。
結論としては警戒不要であって、スピリチュアル的な引き寄せを科学的に説明しようとしているっぽい。なのでめっちゃ理論派。ただしこういうのっておそらくどこまで行っても説明しきれなくて、だからこそ宇宙飛行士が神様の存在を実感するんだと思う。
なので結局超常現象的にスピリチュアル方向から攻めても、科学的理論方向から攻めても、似たような辺りに落ち着く予感。だって実際のところわかんないし。あとは好みの問題であって、超常現象も好きだけど、個人的には科学的な方に軍配を上げたいのですよ。
山菜採りですな
ということで僕の解釈は今までに何度も書いたように山菜採り、……と引用を試みたら記事が見つからない。旧ブログには散々書いたはずだけど、新しい方には書いてなかったっぽい。
もう10年以上前、妻の実家の富山に山菜採りに行きました。最初はどの木も同じに見えて、全然見付けられなかったけど、途中から山菜が分かるようになった。そしたら面白いように目に付くようになって、帰りの新幹線では法面のタラの木が気になってしょうがなかった。
この本の最後のレッスンは似たようなことをやってるんだと思う。これまで存在していたけど見えなかった山菜だって、アンテナを高めれば見えるようになる、ってことじゃね?
たとえ街中にいたとしても、八百屋が気になったり、山菜採りツアーのチラシが目に付いたりするわけだ。そうすると徐々に目的地である山に近づき、最終的には美味しい山菜をゲットできる。どんな願いも叶うって寸法です。
これをもってスピリチュアル系の人たちは引き寄せっていうんじゃないかー、と思ってます。元からそこに存在するわけだから、アンテナ感度さえ高くなれば突然出現したように見える。ぶっちゃけ本当のところはわかんないんですけどね。
じゃあ問題は僕がどうするか、ってことなのですよ。すでにレッスンの途中までは他の本を読んで実践中。残りを試すかどうか、って部分。これに関しては、僕はまだ最初の方のレッスンが出来ていないので、他のレッスンについて考える必要ないかなー、と思っています。
特に3番目のレッスンが重要だとか。これをおろそかにするとヒドイ目にあうんだってさ。朝晩10分程度の瞑想じゃあ、そこまでたどり着くのに何年かかることやら。そうなのですよ。この本では以前読んだ本と違って時間に制限を設けていない。数時間ぶっ続けで瞑想するのですよ。
しばらく今のペースで続けて、なお興味があるなら時間を増やしたり、次のレッスンに挑戦したいと思ってます。いずれにせよ今の段階で睡眠の質向上という大きな実績を得ている。あとはのんびり待って、美味しい山菜を得られれば超ラッキー、くらいな感じです。







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