ジェミニに紹介されました
ある日ジェミニとおしゃべりしていて「同じことを村上春樹が言ってますよ」と教えてもらい、いつもと違う図書館まで行って借りてきた。分厚さに尻込みしつつも、やっぱり面白いので楽しく読めました。おそらくファン必読の書。……他にも必読が多々ありそうだけど。

戦ってるらしい
ジェミニとの会話は純文学とエンターテイメントの違いについてだった。僕は文系じゃないので2つの違いを詳しく知らず、先入観排除のため意図的に調べてもいない。でもそろそろ一般論を知っておこうと思って聞いてみた。ちなみに僕のイメージは以下の通り。
小説の要素をテーマとストーリーの2つに大きく分け、テーマ重視を純文学、ストーリー重視をエンターテイメントとする考えです。ジェミニ曰く「雑文集の中で村上春樹が同じ考えを述べてますよ」。
これは嬉しい。自力でもって村上春樹と同じ意見に到達したならば、ファン冥利に尽きるって話ですよ。ってことで早速借りて読みました。気になるのは上記についてだけど、もちろん最初からしっかり熟読。
まず最初の牡蠣フライの話が気になった。どうやら小説家は悪い奴らと戦っているらしい。これは物語を良い感じに利用する側と、良くない方向に使おうとする勢力との戦いっぽい。前者のキーワードはオープンで、後者はクローズ。
この話で早速涙ぐんだ。脳トレしてなかったら危なかったが、僕もまだまだだ。なぜ涙ぐんだのか? それは僕も戦いに混ぜてほしいなー、って意味での涙ではない。……そりゃあ羨ましいけど。そうじゃなくてこれはどうも人類全体の戦いっぽい。以下に示す虚構の話を思い出す。
読者だけでなく、本なんか読まねーよって人もまた無縁ではいられない。人間が物語のお世話になった時から、ずーっと続いている戦いと見た。悪い奴らは自分の作った物語を絶対だと信じ込ませ、周囲を都合の良いように操る。束縛する、的な?
もちろん良い方向の物語利用は純粋に楽しむこと。でもそれだけじゃなくて束縛からの解放もある。人によっては物語を楽しみ、疑似体験することで考え、視野を広くし、人間的にブラッシュアップしていくことが可能だと思う。小説家はこれを推進するわけだ。
当然小説家の中にも物語を悪い方向に使う奴もいるし、悪い奴らの中にも良い奴はいる。そもそも良いも悪いも不明確だし。あるとしたらやっぱり最初のオープンとクローズの話に戻って、ある考えが絶対、他は間違い、と一方的に決めつけることがヤバくね?
ということでこの本もやたら謙虚なのですよ。村上春樹は「やれやれ」と「私の言ってることわかる?」が多いけど、後者が謙虚さの現れだと思ってます。
英語で「Do you understand?」というと「ちゃんとわかってるのか?」みたいで感じ悪いが、村上春樹はちょっと違う印象。自分の足がしっかり地についているのか、変な方向に進んでいないか確認するようなニュアンスを感じる。なので謙虚。
謙虚さだなんて武器としてはかなり弱々しい。対する相手のメインウェポンは洗脳なわけだ。随分と分が悪くね? しかも世の中の多くの人は戦いの存在自体知らない。でもやるしかないよね、やれやれ。そんな悲壮感を思って涙ぐんだっぽい。多分。
ただしここでちょっと気になるんだけど、束縛や洗脳は行動だ。一方でそこから誰かを開放し、守り続けることは状態に近い。前者は能動的、後者は受動的。世界征服の本に照らし合わせると洗脳には明確な主体性があり、守ることには薄い気がする。
ってことで逆に洗脳しちゃえば良くね? 「物事には絶対的正解なんてないよ、オープンかつ謙虚に生きよう」教みたいなのを立ち上げて全人類の束縛を目指す。ある意味、小説とかエッセイとかで少しずつ布教しているんだろうけど。
知らんけど
上記に関連して日本人にジャズを理解できるか?って話がまた面白い。そもそもよほど単純なものでない限り、何かを理解できていると思うのは傲慢じゃね? 「あ、わかったかも」と「全然まだまだだ……」を繰り返すのが当たり前。分かった気になってるようじゃ怪しくね?
さらに言えば、誰かが理解してくれると思うのは夢見勝ち過ぎる。誰もわかっちゃくれないけど、ごくごくまれに短い間同じ方を向くことがある。それで良くね? その状態を楽しむことが出来れば超ラッキーだと思う。
などという事を考えると「日本人はジャズを理解していない」って発言はちょっとアレだ。ポジショントークとしてしょうがないのかもだけど、「日本人はジャズを理解しているのかな? いや俺もまだまだだけどさ」的な謙虚さが欲しい。知らんけど。
そんな一般論は置いとくとして、日本人が異文化を理解しているかというと、正直なところ「理解していない」発言に納得できたりする。だって日本人はアレンジ大好き、数千年の歴史を持つガラパゴス人種だし。
神様と仏様を同時信仰し、鳥居にクリスマスの飾りつけをし、ビーフシチューから肉じゃがを作り、カレーにとろみをつけ、ピザとパスタでイタリア人を怒らせ、もうともかく異文化相手にやりたい放題。自分好みに解釈&改造することは得意中の得意。
これを良しとするかどうかは意見が分かれそう。人によっては面白がるだろうし、人によっては勝手な解釈を冒涜と感じるだろう。敬意を払っていない、理解していない、とか言われても文化の違いであり、身についた癖はなかなか抜けない。それでも「しょうがない」では済まされない。
これは前述のクローズドvsオープン、束縛vs解放の戦いに似ている。大事なのはどっちかが絶対的正解ではなく、他者を認める寛容さな気がする。この本に書いてある通り、歩み寄りが必要ってわけですな。
あと裏話的に面白かったのが『ノルウェイの森』の話。本当だとすればマジでピッタリなタイトルだよね。それを村上春樹が面白がってるっぽいのがまた良い。
などと今日も色々勝手に考えて満足。……え? 純文学とエンターテイメントの話? 途中からヤバヤバ感はあったんだけど忘れてた。ジェミニは僕に対してよく嘘をつくのだよ。もう慣れたけどね。面白くて考えさせられる良本でした。
↓こちらも超絶面白い。現代にも十分通じる目からウロコ話連発。
↓食欲や渇望みたいに命がけ、かつ切迫感が強い衝動⇒発作じゃね?











コメント