*「晴耕雨読その他いろいろ」2016/5/26投稿記事の修正転載です
子どもにお金をかけるのは、やめなさい 横山光昭(2016/5/26)
・本末転倒にはならないように
・お金がなくても何とかなる
・お金をかけない、となるとそれなりに努力は必要
大体一人1000~2000万円位だっけか? 子育てには大金がかかると言われる。でもそうじゃないよ、そんなに警戒しなくても良いよ、ってのがこの本の趣旨と見た。
東大生の家の世帯年収は高いそうだ。たっぷりお金をかけられるので高学歴の子供が育つ、って話をよく聞く。習い事や塾に通い中学高校にもお金をかける。そうでなければ良い大学には行けず、良い会社にも入れない。その結果子供の人生は残念なものになってしまう、という理論だ。
全ては緩い因果関係である。習い事や塾に通った方が良い中学高校に入れる可能性が高い、良い中学高校の方が良い大学に入れる可能性が高い、良い大学の方が良い会社に入れる可能性が高い、良い会社の方が高給である可能性が高い、お金があった方が楽しく過ごせる可能性が高い。
そりゃそうだ。あくまで可能性の話なのでまったく否定する気はない。そして親なのだから多少なりとも可能性があれば子供に良い条件を整えたいと思う気持ちは十分わかる。例えそれがもの凄く緩い因果関係だったとしても。
でも世の中には費用対効果ってものがある。効果が薄いものに大金を払うのは馬鹿馬鹿しい。
そもそも子供の幸せのためを思って、で始まったことなのに生活が極端に苦しくなったり、借金したり、家族がぎくしゃくしたり、変なプレッシャーを与えたり、あるいはそれを恐れて子供をあきらめたり、不幸な結果を招いてしまっては本末転倒だ。
お金がなくても何とかなる、なんてのは家計コンサルタントの意見としてどうなの?って感じもするがまったく全面的に賛成である。
子供はお金のかかるぜいたく品、という一般論が途中で引き合いに出されていたが、僕としてはこれに半分賛成。子供は基本料金が安く、オプションで高くなるスマホ料金のようなものである。
我が家のように習い事なし通信教育だけ、なら格安。しかしぜいたくしようと思えばいくらでもできて高い習い事にたくさん通わせることができる。費用対効果を考え一体どこで線を引くかは各家庭の方針によって異なり、好みの問題である。
洋服がなければ寒いし、食事がなければ飢え死にする。住むところがなければ雨露をしのげない。でも好みの問題についてはなきゃなくても何とかなるのだ。なので家計の許す範囲内で、あとは好みによって子育てをすれば良い。
好みの問題で家計を苦しくさせる、あるいは破たんさせるようなお金の使い方をするべきではない。それは買い物依存症やギャンブル依存症の人間がお金を使い過ぎてしまうのに似ている。それが子供のため、となるとどこか哀しく何となく文学的だ。
で、お金をかけないとなると努力だったり工夫だったりが必要になる。先生が勉強やスポーツを教えてくれる代わりに親が丁寧に教える、とか。ここら辺は節約のため既製品を買うのではなく自分で何とかしちゃおう、というDIYの精神に似ている。
我々ドケチングの得意分野だ。自分で作ったものは少々不格好でも愛着が沸くように、自分で教えたのなら多少のミスには寛容になれるし上手くいったらこの上なく嬉しい。何となくこっちの方が望ましい気がする。
まあ現実問題として小学生ならまだしも高校生の塾の講師の代わりはできない。大学、専門学校にだってお金がかかるだろう。なので今のうちに子供たちに家計の状況をそれとなく伝え、ある程度覚悟させたい。
親が頼りにならなければ自力で!でもお金ないなら高い所行かなくてもいいや、でも良い。やる気と懐具合と相談して方針を決める、ってことを学んでくれたら非常にうれしい。教育と言えどもそれは聖域ではなく、おもちゃとかと同じで際限なくお金を使えるものではない。
逆にこれを認識できなくなるほど子供にお金を使うのは良い教育とは言えないのでは。ちなみに我が家ではすでに成功している。この間息子がおもちゃ屋で買ってほしいおもちゃを持ってきて「家は貧乏だから駄目だろうけどこれ買って」と言われた。素直に喜べない成果である。
↓有無を言わさず共同体を形成するのですよ。
↓常識の範囲内で行きたい。それがまた難しいんだけど。
↓すべてを解決する超奥の手。





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